@tk
§9 関数に対する極限と連続性 II
前回に引き続き、関数の連続性についての基本事項を見ていきます。前回 §8 の最後にも触れた通り、§3 で扱った数列の極限に関する基本性質は関数に対してもほぼそのまま適用出来るので、それを使えば「連続関数の和は連続関数」等の基本的な性質を示す事が出来ます。まずは本論に入る前に、証明を先送りにしていた §7 の命題 4 と §8 の命題 1 を示します。
の否定
§7 でも一言触れたように、§7 の命題 4 の証明には背理法を使うのが一般的です。その理由には後で触れる事にしますが、そのためには「 ではない」という主張を数学的に書き下す必要があります。つまり、
「任意の に対してある が存在して、任意の に対して ならば 」ではない
とはどういう事かを考えなければなりません。日本語だけを読んでもややこしいこの文の否定を考えるのは大変そうですが、ここではこの「否定文」をワンステップずつ読み解いて、肯定的な表現で言い換えをしてみたいと思います1。
Step 1. 任意の に対して…
この文は、まず「任意の に対して…」という始まり方をしています。この「…」の部分を と表す事にすれば、我々の目標は
「任意の に対して 」ではない
を言い換える事となります。
一般に、「任意の に対して 」を否定するとどうなるでしょうか?例えば、「任意の に対して である」という命題を考えてみます。これは誤った命題ですが、何故誤っているかというと「 だから」つまり「 とならない が存在するから」です。同様に考えれば、「任意の に対して 」の否定は「ある に対して『 ではない』」となるでしょう。
すると我々の目標とする主張は
ある が存在して「 ではない」
となります。
Step 2. ある が存在して…
次に の中身を見ていきましょう。 は「ある が存在して 」という形をしています。つまり我々の目標は
ある が存在して「ある に対して 」ではない
です。そこで今度は「ある が存在して 」という形の命題の否定を考えてみます。やはり例として「ある が存在して 」という誤った例題を考えてみます。どこがおかしいかと言えば、「任意の に対して である (よって となるような実数は存在しない)」という部分です。同様に考えれば、「ある が存在して 」の否定は「任意の に対して『 ではない』」となるでしょう。
すると、「 ではない」とは「任意の に対して『 ではない』」と同じ意味である事が分かります。よって我々の目標は
ある が存在して、任意の に対して 「 ではない」
である事が分かりました。
Step 3. 任意の に対して…
今度は を見ていきます。 は「任意の に対して 」という形をしています。これは Step 1 と同じ構造をしているので、否定すれば「ある が存在して『 ではない』」となる事に異議はないでしょう。
ある が存在して、任意の に対してある が存在して「 ではない」
Step 4. ならば
残った の中身を見ると「 ならば 」となっています。これの否定はどのようになるでしょうか。
まず、一般に「 ならば 」という形の命題の意味を考えてみる事にします。これは「 が正しければ も正しい」という事を表す命題であり、「 が正しいか否か」について言及するものではありません。言い換えると、ただ「 が正しいのに は正しくない」事だけは無い、という事を意味しています。それならば「 ならば 」の否定は「 であり、かつ でない ( が正しくて は正しくない)」という事になるでしょう2。即ち、 を否定すると「 かつ 」です。これで全てのパーツが揃いました。
(A) ある が存在して、任意の に対してある が存在して、 かつ Goal!
補足: Step 3&4. 任意の に対して ならば
上の Step 4 では数学的な例を与えませんでした。例えば「奇数ならば素数である」のような誤った命題を考えてみます。これの否定は真であり、その理由は や のような「素数でない奇数」があるからです。すると、「奇数ならば素数である」の否定は「奇数であって、かつ素数でない事がある」言い換えると「ある が存在して、 は奇数にも関わらず素数でない」となります。
実は、「奇数ならば素数である」という命題には「任意の自然数に対して」という前置きが抜けています。よって、これをより正確に言うと「任意の自然数 に対して、 が奇数ならば は素数である」(という誤った命題) となり、その否定は「ある自然数 が存在して、 は奇数でありかつ は素数でない」となります。これは Step 3 と 4 をまとめて扱っている状態に対応しています。よって、人によってはこれらのステップを切り分けない方が分かりやすいと感じられるかもしれません。
もう一つの方法として、 を
任意の に対して
と読み替えてみましょう。これの否定は
ある が存在して
であり、
ある が存在して、 かつ
と同じ事になります。
の否定
今度は関数の極限について考えてみましょう。関数 に対して の定義は以下のようなものでした。
任意の に対してある が存在して、任意の に対して ならば
数列の時と同様の考え方で上を否定すると、以下のようになります。
(B) ある が存在して、任意の に対してある が存在して かつ
実はこれは以下と同値です。
(B’) ある が存在して、任意の に対してある が存在して かつ
実際、任意の に対して は実数である事からすれば、(B) (B’) は明らかです。一方、(B’) の主張するような が与えられたとして、任意の を取ると Archimedes の原理から なる を取る事が出来ます。すると (B’) から かつ なる が存在する事が分かるのですが、 であるので、この は も満たしています。
部分列との関係
上で得られた「 ではない」を示す命題
(A’) ある が存在して、任意の に対してある が存在して、 かつ
の意味するところをもう一度考えてみます。なお、ここでは各変数の名称を適宜変更しています。
「任意の に対して…」となるような が存在する、というのがこの命題の主張であるので、例えば に対して
かつ
なる が存在する事が分かります。次に に対して(A’) を適用すれば3、
かつ
となるような を取る事が出来ます。同様に考えていくと、結局 に対して
であって
となるような が取れる事が分かります (但し便宜上、 としました)。この時 は狭義単調増大列であり、 は元の数列 の部分列となっています。
同様に、今度は「 ではない」方を考えてみます。やはり記号を少し変えてもう一度書くと
(B’’) ある が存在して、任意の に対してある が存在して かつ
となります。ここで は に含まれる実数列となりますが、条件から (挟み撃ちの原理を使って) となっています。
以上のように、「収束しない」というイプシロン・デルタ (エヌ) 論法の否定をする事で、何らかの部分列ないし数列が見出される事が分かります。
§7 の命題 4 の証明
まず命題のステートメントを再掲します。
命題. 数列 及び に対して以下の (1), (2) は同値。
(1) .
(2) の任意の部分列 に対して更なる部分列 が存在して .
まず 1. から 2. が従う事は良いでしょう。1. を言い換えると
任意の に対してある が存在して、任意の に対して ならば
ですが、任意の部分列 に対して ならば なので となり、 自身が に収束する部分列となっています。
問題は「2. ならば 1.」の証明です。一見掴みどころがないように感じられますが、上で述べてきたように、1. を否定すると (A’) から部分列 を作り出す事が出来、これを使って 2. の主張と関連付けた議論が行えそうです。
証明. 1. 2. は明らかなので、2. を仮定して 1. を示す。もし 1. が成り立たないとすると、ある と部分列 が存在して が成立する。この時 2. の仮定から更なる部分列 で に収束するものが取れる。一方、(1) から が得られ、 とすれば となってしまい矛盾が生じる。よって 1. が示された。
§8 の命題 1 の証明
これもまずステートメントを再掲します。
命題. , に対して以下の 1. と 2. は同値。
1.
2. を満たす任意の数列 に対して次が成立。
証明. まず 1. 2. を示す。 に収束する任意の数列 と任意の を取る。1. より、ある が存在して が成立。一方、, である事から、( に対して) ある が存在して となる。これと (3) (及び , ) を合わせると が得られ、(2) が成立。よって 2. が示された。
次に 2. 1. を背理法で示す。1. が正しくないと仮定すると、ある 及び に収束する実数列 が取れて が成立。 とすると、2. から となり矛盾が生じる。よって 1. が示された。
関数の極限に対する加減乗除
これらの命題と §3 の命題 1 を組み合わせると、極限の加減乗除に関する命題の関数版を容易に得る事が出来ます4。
命題. , , とし、ある に対して が成り立っているとする。この時次が成立する。
- 任意の に対して .
- .
- の時 . 特に .
証明. どれも同じなので 2. のみ示す。 と定義する (当然 は 上の実数値関数である)。 に収束する任意の数列 を取る5。 この時、§7 の命題 1 (の主張 1.) と仮定から の下で , が成り立つ。これと §3 の命題 1 より となる。これが に収束する任意の に対して成立しているので、§7 の命題 1 (の主張 2.) を使って である事が分かった。
系. とし、 を連続関数とする。この時、
- 任意の に対して は連続。
- は連続。
- 上で が常に でないならば、 は連続。特に は連続。
この系を使うと、関数 の連続性を基にして、任意の有理関数の (自然な定義域の上での) 連続性が直ちに導かれます。
初等関数 II
前回 §8 に取り上げなかった初等関数の例として、指数関数は最も重要なものと言えるでしょう。§4 の「寄り道」で少しだけ扱いましたが、本論においてはまだはっきりと定義を述べていません (Napier 数 自体は本論で既に導いています)。今回から、指数関数 を数学的に定義するための準備を始めていきます。§9, §10 で (連続関数に関する一般論を展開すると共に) 少しずつ準備を進め、§11 で指数関数の構成法の一つを紹介する予定です。
まず、前回例示した関数 () において、 の場合を考えてみます。すると、前回の内容より、 である限りは次の指数法則 が言えるのでした ( の場合もちゃんと成り立っていますが、その証明は次回以降に扱う事にして、今は気にしません)。 これを拡張させて、任意の に対して が成立するような何らかの を考えます。厳密には以下のように定義します。
定義. 関数 が次を満たす時、 は指数法則を満たすと言う。
定義. 次の 1. 3. を満たす関数 を指数関数 (exponential function)と呼ぶ。
1. は指数法則を満たす。
2. は 上で連続。
3. .
ざっくり言って、指数関数とは「指数法則 (5) を満たす連続関数」なのですが、ここでは を底とするもののみを指数関数と呼ぶ事にしたいので、3. の条件を追加しています。なお、2. を次の条件
2’. ある が存在して、 は で連続。
に置き換える (弱める) 事が出来ます。つまり、「1. かつ 2. (かつ 3.)」と「1. かつ 2’. (かつ 3.)」は同値です (指数法則を使って容易に示す事が出来るので演習とします)。
そして、実は以下が成立します。
定理. 指数関数は唯一つ存在する。
§4 の脚注 11 において「指数関数にはいくつかの作り方がある」と述べましたが、それは即ち上の定理の証明の方法が複数知られている、という事を意味しています。今後、何通りかの方法で上の定理の証明 (即ち指数関数の構成) をしてみたいと思いますが、いずれにしてもこの定理から
- 指数法則を満たす連続関数 (で において値が となるもの) が存在する
- そのような関数はたかだか一つしか無い (言い換えると、もし と が指数法則を満たす連続関数であって であるならば と は一致する、即ち に対して )6
という事が分かります。この関数 (引き続き と書く事にします) が、例えば における通常の意味での「Napier 数の 乗 」と一致している事は、その性質から容易に分かります。以下、順番に見ていきましょう。
- まず、指数法則から となるので、(これを に関する二次方程式と見て) or である事が分かります。もし とすると となってしまい、指数関数の性質 3. に矛盾するので、 でなければなりません。これは を意味します。
- の時、やはり指数法則から です。
- の時、 として となるので、 です。
証明 (及びそもそもの定義) は次回行いますが、同様の事は「Napier 数の有理数乗」に対しても言えます。すると、指数関数とは「『Napier 数の冪乗』として与えられる関数の への連続拡張」となっており、またそのようなものが唯一つだけ存在するので、それを の冪乗の記号 で表すのは自然と言えるでしょう。なお、指数関数の事を と表す事もあります。 と は全く同じものです。ただ、「関数 」のように、特定の を使わずに指数関数の事を呼びたい場合には という表記が便利です。その他、 の の部分が入り組んでいる場合、例えば のような場合には、指数の位置に複雑な式が入ると見辛くなってしまうので、可読性のために、 等と を用いて書いた方が良い場合もあります。
なお指数関数 は (存在すれば) 任意の に対して常に正である事が分かります。実際、(再び を指数関数として) であり、もしある に対して であるとすると となってしまって矛盾が生じるので、常に が成立しています。
まとめ
関数の収束性や連続性に関するいくつかの性質を確認しながら、初等関数として多項式関数や有理関数、そして指数関数等がある事、またそれらは適切な定義域の上で連続関数である事を見てきました。指数関数を構成するためにはもう少しだけ準備が必要なのですが、指数関数が出来てしまえばそこから対数関数を定義する事も容易に出来ます。その他、平方根関数等の 乗根関数 (但し ) の構成も次回扱う事とし (これも指数関数の構成のための準備に含まれます)、そこまでいけば高校数学に登場する大半の初等関数を連続関数として定義する事が出来ます。
但し、三角関数に関しては厳密な定義を行うために更なる準備が必要となってしまいます。高校数学では初等幾何学に基づいて、直角三角形の角度と辺の長さ (の比) を使った定義をする (あるいは -平面上の単位円の座標を用いる) のが普通ですが、本稿では平面幾何はあくまで直観的理解を深めるためのものであり、数学的な定義のために幾何的なイメージを用いる事は出来ない、という立場を取っているので、何らかの解析的な方法で導出しなければなりません。これも指数関数と同様に複数の構成方法が知られており7、準備が整った後でいくつか紹介していく予定です。
- 論理式で表して、それを記号的に変換していく、という方法も考えられますが、ここでは一つ一つの意味を考えながらコツコツと読み解いていきたいと思います。論理式を使った方が厳密 (かつ機械的に出来るので楽 ?) かもしれませんが、このような数学的命題の否定を直観的に読み解けるようになるために、考え方に慣れる事も大切です。↩
- ここから「 ならば 」の否定の否定を考えると「『 であり、かつ でない』ではない」即ち (De Morgan の法則により)「 でないか、または である」となります。これが「 ならば 」の正体とも言えます。実際、「 ならば 」が意味しているのは「 が間違っているか、あるいは ( が正しいならば も正しい事になるので) が正しい」という主張です。論理式で書くならば であり、「 ならば 」の否定は となります。↩
- でなくとも、 より大きく取れば何でも構いません。↩
- イプシロン・デルタ論法によって直接証明するのでも何も問題ありませんが、「数列で示した事がそのまま関数でも言える」という命題の例として、今回は数列の結果に帰着させる方法を使ってみました。↩
- が から離れている場合には、そもそも「 に収束する数列 」なんて一つも存在しない事になってしまいますが、その場合も今の議論に論理的な矛盾は生じていません。とは言え、議論に意味を持たせるためには があまり から離れていない方が良いでしょう。そのためには が の閉包 (closure) に入っていると仮定するのが良いのですが、この辺りの事情についてはもう少し後で考察する事とし、やはり今はあまり深入りしない事にします。↩
- このような性質を一般に一意性 (uniqueness) と呼びます。↩
- 例えば「冪級数展開によって定義する」「複素数に対する指数関数の実部と虚部によって定義する」「複素係数の 階線形常微分方程式の一意解として与える」「実係数の 階線形常微分方程式の一意解として与える」等があります。↩
※ AMFiL Blog の記事を含む、本ウェブサイトで公開されている全てのコンテンツについての著作権は、一般社団法人数理ファイナンス研究所 (AMFiL) 及びブログ記事の寄稿者に帰属します。いかなる目的であれ、無断での複製、転送、改編、修正、追加等の行為を禁止します。