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§11 連続関数の性質 II
今回はまず、指数関数を作るところから始め、その基本的な性質を調べます。そして指数関数を使って更に、対数関数等のいくつかの初等関数を定義します。
指数関数の構成 I
前回 §10 まで、Napier 数 を数列 の の下での極限として与え、また有理数 に対して を定義しました。今回は、§7 で紹介した以下の手順
- に収束する有理数列 を取る
- 数列 が Cauchy 列である事を示す
- 実数の完備性から ,
- 上の が の取り方によらない事を示す
- と定義する
に従って、任意の (特に無理数) に対して を構成していきます。また、そうして得られた指数関数 が 上で確かに指数法則を満たしている事を確認します。
指数関数の基本的な性質を調べる上で、以下の定理が本質的な役割を果たします。
定理 1. 任意の に対して不等式 が成り立つ。
本当は更に、任意の実数 に対して (1) が成り立つのですが、今はまだ無理数に対する を定義していないので (というよりも、それを構成するために定理 1 を使いたいので)、 を有理数に限定しています。この定理の証明は少々手間がかかるので、後回しにして話を先に進めます1。
まず (1) の を に置き換えれば が得られるので、ここから である時に が得られます。(1) と合わせれば となり、更にここから が得られます2。これで準備が整いました。
これから、 を所与として を作っていきます。まず手順 1. の通り、 に収束する有理数列 を取り、 とします。そして手順 2. の通り、 が Cauchy 列である事を示していくのですが、その際に 自体もまた (収束列ゆえ) Cauchy 列である事に注意します。よって十分大きな に対して となっています3。また収束列は有界なので です。そこで、 なる自然数 を取っておきます。前回 §10 の最後に述べたように、 が成り立つ事に注意します (狭義単調増大なので当然単調非減少です)。
さて、 を評価していくのですが、まず 上の指数法則から が得られ、更に を使うと となり、これで が得られました4。よって は Cauchy 列なので、実数空間の完備性からある に収束する事が分かります5。
としても良い (well-defined である) 事を確認するために、 を共に に収束する任意の有理数列として と が一致する事を示すのですが、これも上の計算とほとんど同じです。つまり、, の有界性と (2) を使って、( となるような) 十分大きな に対して が得られ、 とすれば 即ち が得られます。これで が一つに定まり、定義出来ました。
次に が 上で指数法則を満たす、即ち任意の に対して が成立する事を確認しましょう。 それぞれに対して、近似有理数列 を取ります (即ち , , )。有理数に対しては指数法則が成立する事を既に確認しているので、 が得られます。この式において とする事を考えます。明らかに は に収束するので、左辺は に収束します。右辺に関しては、指数関数の定義の仕方から , なので、その掛け算 は に収束している事が分かります (§3 の命題 1)。これで (3) が得られました。
ここまで来れば (1) が任意の で成立する事もすぐ示せるでしょう。これまでと同様、 に収束する有理数列 を取り、 において とすれば良いだけです。そして (1) を使えば、(2) が なる任意の実数で成立する事も分かります。これを使うと が で連続である事もすぐ示せます。実際、 と なる に対して である事を使えば明らかに です。
(1) を使って、更に とした時の の振る舞いについて調べておきます。まず とした時明らかに なので、(1) から である事が分かります。次に の時、見辛いので として、(1) から 即ち となります。 を考える事は とする事と同じであり (気になる方はイプシロン・デルタ論法で書き下してみて下さい)、この時 は明らかに に収束するので、挟み撃ちの原理から が得られます (, である事に注意しましょう6)。
最後に、 上で定義された指数関数が狭義単調増大である事を示しておきます。前回 §10 の最後に紹介したように、 なる有理数 に対しては となる事が既に分かっています。これを使って、 なる実数 に対して を示したいのですが、これまでと同様にいきなり と を有理数列で近似して極限を取ってしまうと までしか示す事が出来ません。そこでひと手間かけて、もうワンクッション入れてみましょう。まず有理数の稠密性から、 なる有理数 が存在する事が分かります。 は O.K. なので、後は と の二つを有理数列による近似を使って示せば となり、めでたく が示せました。
定理 1 の証明
§4 の「寄り道」では、いくつかの予備知識の準備をせずに、正の有理数 に対して が有界 (狭義) 単調増大列であり、 の下で に収束する事を示しました78。一方、§4 の本論に登場した二項定理による計算 に注目し、ここで とする事で が得られ、よって (1) が について正しい事がすぐに分かります。また 及び に対しては (1) は自明と言えるでしょう。問題は の時です。まず、(実は が正の時にも適用出来る) 少々技巧的な方法で の単調性を示します。
補題 1. の時、(6) で定義される数列 は狭義単調増大。
証明. とおく。任意の自然数 に対して、直接計算により となる事から9 が得られる。後は に注意して、 が示された。
補題 2. 次が成立する。
証明. 二項定理より であり、また である事に注意すれば となるので、 として結論を得る。
補題 3. 次が成立する。
証明. まず ( に注意して) であり、補題 3 と §4 の (5) 式から、 とした時に右辺の分子と分母はそれぞれ と に収束するので、左辺は に収束する。補題 1 より は (狭義) 単調増大列であったので、その極限は上限に一致する。
以上の準備の下で、定理 1 の残りの部分を示します。
定理 1 の証明. の時に示す。この時、 はある自然数 (但し ) を用いて と表せる。すると と書けるが、更に補題 1 から が得られる。補題 3 より であるので、(関数 の単調性と合わせて) である事が示された。
初等関数 IV
以上により、指数関数 が構成出来ました。指数関数は狭義単調増大かつ連続であり、 とした時 に収束し、 とした時に に発散する事も分かったので、§10 の定理 2 の二つ目の系を使って、指数関数の逆関数 が存在して狭義単調増大かつ連続である事が分かります。この を対数関数 (logarithmic function) と呼び と表します10。
対数関数は指数関数の逆関数なので、明らかに 及び が成り立ちます。また、任意の に対して、, として指数法則と (4) を適用すると となり、両辺の対数を取って (5) を適用すれば が得られます。この関係式を対数法則と呼びます。
指数関数が「指数法則を満たす連続関数」として特徴付けられた11のと同様に、対数関数は「対数法則を満たす連続関数」として特徴付けられます。以下、命題としてまとめておきます。
命題. 連続関数 が以下の 1., 2. を満たすならば , である。
1. 任意の に対して
2.
証明. に対して とおけば、 は 上明らかに連続であり12、また任意の に対して が成り立つ (つまり は 上で指数法則を満たす)。更に である事に注意すれば、, となる事が分かる。よって、任意の に対して が示された。
さて、これらの指数関数と対数関数を使って、 以外の正の実数 に対しても指数関数 を定義する事が出来ます ( を底とする指数関数)。具体的には とすれば良く、これが指数法則 を満たす事も容易に確認出来ます (演習にします)。また、 の時には、これは通常の意味の「 の 乗」に対応している事もすぐに分かります。例えば といった具合です。負の整数乗や有理数乗も同様ですが、 の場合とほぼ同様の議論になるので省略します。 は次を満たす唯一つの実数値関数になっています (これも各自確認してみて下さい)。
- 指数法則 , を満たす
- はある において連続
- を満たす
なお、1. を満たす は常に非負である事が §9 の時と同様に示され、もし一点でも になる事があるならば は常に となってしまいます (つまり、 は常に か、それとも常に正か、のどちらか)。よって、 では となり意味が無く、また が 1. と 3. を満たす時に とはなり得ません。よって、 という仮定は本質的です。
初等関数 V
引き続き、指数関数を使って定義出来る初等関数をいくつか紹介します。次の 3 つの関数を考えます。 いずれも定義域は 全体です。これらは双曲線関数 (hyperbolic function) と呼ばれ、ある意味で三角関数と良く似た性質を持っています。例えば、 が成り立ちます13。またいずれの関数についても連続性は明らかでしょう (指数関数の合成関数だから)。
さて、 の分子に乗っている関数 と はいずれも狭義単調増大であり、また である事から容易に が得られます (いずれも複合同順)。よって、§10 の定理 2 の (キリがないので省略した) 系により、 の逆関数 が存在して狭義単調増大かつ連続になります。これは具体的に書き下す事が出来るので、 としてこれを について解いてみましょう。両辺に を掛けると となりますが、更に とおいてこれを に関する二次方程式とみなします。 に注意して、二次方程式の解の公式を適用してこれを解いてやると となります。 だったので、これで である事が分かりました。
についても確認してみましょう。定義から明らかに であり、また 及び が成り立ちます。狭義単調増大性は と書き直してやればすぐ分かります。よって逆関数 が定義出来て狭義単調増大かつ連続となっています。計算は省略しますが、具体的に書き下すと です。
は少しだけ状況が異なります。まず相加相乗平均の関係14から であり、最小値が である事が分かります。また明らかに です。しかし、 は偶関数 (i.e., ) なので単射にはなり得ず、逆関数はそのままでは存在しません。そこで、以下では の定義域を に制限します。その上で狭義単調増大性を確認したいのですが、直接見るよりも先に逆関数を具体的に構成して、そちらの単調性を確認する方が楽そうです。
の時と同様にして を について解いてやる事で が得られます。言い換えると、 と は と (6) によって一対一に対応しており、(6) が定める関数は の逆関数であると言えます。つまり であり、 は具体的に (6) の右辺で与えられる、という事です。また は作り方から明らかに狭義単調増大かつ連続であり、よってその逆関数である 自体も狭義単調増大である事が分かります。
以上で、双曲線関数及びその逆関数が定義されました。なお、, , をそれぞれ , , と書く事もあります。, , のグラフは以下のようになっています。逆関数達については 軸と 軸を入れ替えれば (あるいは直線 で対称に移せば) グラフを描けます。図では線の太さの関係で が に達しているように見えてしまいますが、実際には が に達する事はありません。
なお上図において赤線で描画されている は、機械学習、特にニューラルネットワークにおいて活性化関数として広く用いられています。特に、 はシグモイド関数 のスケール変換に相当しています (機械学習、特にニューラルネットワークの基本や証券・金融実務への応用に関しては足立 高德先生のテキスト『アルゴリズム取引』を参照して下さい)。
ここまでのまとめ
今回でようやく、指数関数を 上に構成する事が出来ました。それに伴い、指数関数に基づいて定義されるいくつかの初等関数を紹介しました。指数関数は現代数学において非常に重要な関数であり、単なる具体例に留まらず解析学の理論においても重要な役割を果たしています。今後の進捗に合わせて、然るべきタイミングで指数関数の別の構成法も紹介する予定です。
今回は具体的な関数の話題に終始してしまいましたが、次回は一般の連続関数に関する残りの主な話題を扱いたいと思います。
- を について微分して増減表を調べたいところですが、我々はまだ微分の定義をしていないどころか、これから を作ろうという立場であるので、そういうわけにもいきません。↩
- 少し計算を端折りました。行間を埋めてみて下さい。↩
- いつもの事ですが、厳密には s.t. という事です。↩
- 一応、イプシロン・デルタ論法を使ってもう少し詳しく書いておくと、任意の に対して、 が Cauchy 列である事からある が存在して となるので、 ( は脚注 3 のもの) に対して が成立する、というわけです。↩
- 別のやり方として、有界単調数列の収束性を使う、という方法も考えられます。即ち、 を に収束する単調増大列ととっておけば もまた有界単調増大列となるので収束列となる、というわけです。この場合、手順 1. の有理数列を単調に取らなければならないのですが、有理数の稠密性を使えばそのような近似列を構成するのも容易です。↩
- : である事から、 を近似する有理数列を取って議論したくなりますが、それでは までしか言えません。非負である事だけでも本論の挟み撃ちの原理は成立するのですが、§9 の最後で触れたように、「指数法則を満たす関数 (で において となるもの) は常に正値となる」事が示されており、我々が構成した は指数法則を満たす関数であり の時 であったので、任意の実数 に対して が既に言えているのです。↩
- と書きましたが、 の関数としての性質を調べよう、という話ではなく、今後 の部分を他の値に変えてこの数列を使いたいので、 を明示するために と書いただけです。↩
- 「示した」といっても、単調性と有界性は「 の時と同様の方針で示せる」としか言ってませんでしたが…なお当時出来ていなかった準備は現段階では整っています。↩
- 3 行目は の因数分解です。また 4 行目で負値の数式に対する不等式評価をしている点に注意しましょう。もし の時に に対して同じ事を示そうとするならば、この不等式評価は正値の数式に対して行う事になります。↩
- 自然対数と呼び、 でなく という記号を使う事もあります。例えば、Microsoft Excel では LN が自然対数を返すワークシート関数です。(でも、Excel VBA では log が自然対数を返す関数となっています。) 本講座では基本的に、底が となるもののみを対数関数と呼ぶ事にします。↩
- 厳密には、前回 §10 「指数法則を満たす連続関数 (かつ となるもの) は に対して となる」というところまでしか示していませんが、今回の指数関数の構成方法と の連続性から、明らかに : となる事が分かります ( を有理数列で近似して極限を取れば O.K.)。↩
- 合成関数の連続性を使うのが簡単です。↩
- 三角関数の場合もそうなのですが、習慣的に 等の事を 等と書きます。但し は という意味ではありません。↩
- に対して である事から であり、等号が成立するのは 即ち の時のみです。↩
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