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§12 連続関数の性質 III
前回 §11 は具体的な関数の構築の話で終わってしまいましたが、前々回 §10 に引き続き今回は連続関数に関する一般論の話題が中心です。特に有界閉区間上に与えられた連続関数に関する一般的な性質を紹介します。これら全てを今すぐ使うというわけでは必ずしもないのですが、いずれ積分を定義する時に真価を発揮します。その雰囲気を味わうべく、今回も簡易的な例を使ってその威力を伝えてみたいと思います。更に「寄り道」として、初等解析学を少し離れた発展的な話題や金融実務との関わりについても紹介します。
有界閉区間上の連続関数 I
ここでは を有界閉区間とし、 上で定義された連続関数について調べてみます。これまで紹介してきた初等関数も ( が定義域に含まれている限り) への制限を考えればここでの話を適用する事が出来ます。
まず直観的なイメージとして、 上で定義された連続関数は -平面上において、一本に繋がった曲線 (グラフ) として表す事が出来ます。その際、 から始めて まで、どんな描き方でペンでグラフを描いてみても、出来上がったグラフは無限遠方に飛んでいくような事は無く一本の「繋がったグラフ」となっており、無限に広がる方眼紙からはみ出てしまうような描き方は出来なさそうです。
一方、もし定義域が端点を含んでいない場合、例えば であったならば話は別です。例えば という関数を考えてみると、 は確かに 上で連続であり、しかし のグラフは とした時に無限の彼方まで飛んで行ってしまいます。これは定義域に端点 が含まれていないから出来る芸当であり、定義域に が含まれているのならば、グラフを描く際にどうやっても最後は有限値 で終わらせなければならず、結果として出来上がったグラフは (-軸方向で見ても) 有限のサイズに収まっていなければならないようです。
これを数学的にきちんと表現すると以下のようにまとめられます。
命題 1. 有界閉区間 上で定義された連続関数の値域 は有界である。
証明. が上に有界でないとすると、任意の に対して であるような が存在する。 の定義から、各 に対してある が存在して と書ける。
一方、 は有界であるので、Bolzano–Weierstrass の定理から は収束部分列 を含む。その極限を と表すと、 の 上の連続性から が成立する。特に は有界。これは , に矛盾する。よって は上に有界。
上の結果を に適用すれば、 が下に有界である事も分かる。
証明を見ると、まず が有界である事、更に が に含まれている事がポイントとなっています。ここで、 となる理由は §10 の定理 1 (中間値の定理) の証明の中で であった事と同様であり、§10 の定理 2 の証明中の とも同様です。
また勿論、 の 上の連続性も本質的です。例えば は上にも下にも有界になっていませんが、その理由は取りも直さず「 は で連続でないから」です。 は 上では連続ですが、だからと言ってこれを「 以上 以下」の範囲に制限しようとしても、それが閉区間にならない事を見落としてはいけません。
さて、 が有界、即ち上にも下にも有界であるという事は、 と が実数値として存在する事を意味します。なおこれらを 等と表して関数 の ( 上の) 上限と下限と呼ぶ事があります (数列の上下限と同じ考え方です)。また の上限を 等と省略して書く事もあります (下限も同様)。命題 1 から上限と下限は有限値である事が分かりましたが、実は更に次が言えてしまいます。
定理 1. (最大値・最小値定理) 有界閉区間 上で定義された連続関数の値域 は最大値と最小値を持つ。
証明. 命題 1 より なので、上限の定義から数列 が存在して , である。更に各 に対して なる が取れる。
の有界性から、(Bolzano–Weierstrass の定理を使って) が収束部分列 を含む事が分かる。その極限を と表すと、 の 上の連続性から が成立する。一方 は の下で に収束するので であり、即ち が最大値である事が分かった。最小値の存在も同様。
上下限と同様、 の最大値と最小値をそれぞれ と表して関数 の ( 上の) 最大値と最小値と呼びます。この「閉区間上の連続関数は最大値と最小値を持つ」という事実は重要であり、より一般の空間上の連続関数についても同様の命題を示す事が出来ます。
ここから更に話を進めて、中間値の定理と組み合わせる事で最終的に以下に辿り着きます。
系. 有界閉区間 上で定義された連続関数の値域 は有界閉区間である。
証明. 定理 1 より、ある が存在して となる。後は である事を示せば良い。
の場合は は定数関数となるので という一点集合 (閉区間 ) となる。よって として示せば良い。
作り方から である。すると中間値の定理から、任意の に対して、 と の間の実数 が存在して1 が成立。よって である。以上の事から である事が分かった。
一方、 と がそれぞれ の 上の最小値と最大値である事から は明らか ( )。よってこれらの集合は一致する。
この系を一言で表すと「 は有界閉区間を有界閉区間に移す」となりますが、実はこれらが全て有界閉区間特有の性質というわけではありません。確かに 「 が有界閉」であることは特徴的なのですが、実は「 が区間」であるためには が有界閉である必要はありません。以下、中間値の定理の応用としてこの事を観察してみます。
中間値の定理に関する注意
が有界な開区間である場合に、 の による像2 が区間となる例を見てみましょう。
命題 2. を有界な開区間とし、連続関数 が を満たすとする。この時、 である。
証明?. 仮定より なので、中間値の定理から任意の に対してある が存在して となる。よって が成り立つ。
…はい、この証明は誤りです。しかし、大学の数学に初めて触れる初学者の方々が非常に陥りやすい例であり、間違える人が多いようです。
問題は、中間値の定理は定義域 が有界閉区間である時にしか示されていない、という点です。上の命題 2 自体は実際は正しいので、結果的には「開区間でも (場合によって) 中間値の定理が成立する」という事になります。だからと言って、「だったら最初から開区間も含めて中間値の定理と呼べ、揚げ足を取るな」と言わないで下さい。
中間値の定理において を有界閉区間としているのは、(上でも触れましたが) 証明の中で が「有界であり」「閉である」事が本質的に働いているためです。 が例えば開区間である場合に同じ証明の方針が成り立つわけではありません。
それでは、命題 2 にどうやって中間値の定理を使うかと言うと、「 に含まれる (特に、十分 に近い) 有界閉区間を取って、その上で中間値の定理を適用する」とするのが良さそうです。
命題 2 の証明. 任意の を取り とする。仮定より、ある が存在して が成立する。そこで、適当な を一つ取れば が成り立つ。同様に、ある が存在して であるので、適当な を一つ取れば が成立。
以上より、 とすれば、 は 上連続かつ となるので、中間値の定理からある が存在して が成立。よって である。 は任意だったので、 が示された。
少し横道に逸れますが、同じパターンで間違えやすい例題をもう一つ見ておきます。
命題. を奇数とし、 とする。この時、方程式 は少なくとも一つの実数解を持つ。
証明??. (3) の左辺を とすると、 は連続であり なので、中間値の定理から に対してある が存在して となる。
これも、命題 2 の誤った証明とほとんど同じ間違いです。正しくは以下のようにします。
証明. (3) の左辺を と書く。 (複合道順) である事から、十分大きな に対して なので、 が 上で連続である事と合わせて中間値の定理から に対してある が存在して となる。
命題 2 の証明は少し詳しめに書きましたが、今回は大分すっきりとまとめました。誤った証明とほとんど同じに見えるかもしれませんが、「 を に制限してから中間値の定理を使っている」という点が大きく異なります。
さて、命題 2 は「開区間が連続関数によって開区間に移る例」を与えていました。一般に開区間の連続関数による像は実は区間になるのですが、「開」区間になるとは限りません。例えば、 は 上連続ですが、値域 は となります (分母の二次関数を平方完成すれば…)。また、この例からも、命題 2 からも分かるように、定義域が有界であっても値域が有界になるとは限りません。
しかし、実は「連続関数は区間を区間に移す」事が知られており、この場合、「区間」とは開区間、(一点集合を含む) 閉区間、半開区間、有界区間、無限 (非有界) 区間等何でも構いません。以下で少しだけ触れますが、これは「連続関数による連結性の遺伝 (連結不変性)」定理の一部として成立する事実です。
有界閉区間上の連続関数 II
今、 を 上の連続関数とすると、定義から以下が成立します。 ここで、 は ( のみならず) に依存しているので、 のように書く事も出来ます。
この を に寄らないように取れれば便利です。そのためには であれば良いのですが、一般にはそうなっているとは限りません。例えば、§8 の例題で の 上での連続性をイプシロン・デルタ論法で示した際には と取っていましたが、 について下限を取れば結局 になってしまいます。 の与え方は他にも無数に考えられますが、結論から言うと、この例においては となるような作り方をする事は出来ません。
一方、もし と出来る場合、 は一様連続 (uniformly continuous) であると言います。
定義. 関数 が以下を満たす時、 は 上で一様連続であると言う。
の位置が先頭から s.t. の後に移動している点に注意して下さい。, をまとめて と書いてしまった方がシンプルかもしれません。連続性とは「各 における性質」という局所的なものであったのに対して、一様連続性は最早各点の性質ではなく「定義域 自体における性質」という大域的なものであると言えます。なお勿論、 が 上で一様連続ならば 上で連続です。
実は、定義域が有界閉区間ならば連続関数はいつでも一様連続である事が知られています。
定理 2. 有界閉区間 上の連続関数 は一様連続。
証明. が一様連続でないとすると、ある と数列 が存在して かつ が任意の に対して成り立つ3。 は有界なので、Bolzano–Weierstrass の定理から収束部分列 を持ち、また は閉区間である事から である4。すると (3) と三角不等式より となるので、 が得られる。 は で連続なので、 が成り立つが、これは (3) に矛盾する。
定義域が有界閉区間でない場合には、連続関数だからといって一様連続になるとは限りません。例えば、 は一様連続ではありません。勿論、問題となるのは原点近くでの挙動です。実際、もし一様連続であるとすると、所与の に対して となるような が取れる事になりますが、もし であるとすると (この時 です) となります。という事は、更に を 以下とすれば となってしまい、(4) に矛盾します。
勿論、有界閉区間上の関数でなければ絶対に一様連続にならない、というわけでもありません。Trivial な例として、 上の定数関数や一次関数は一様連続です。
応用: 定積分「もどき」
一様連続性は Riemann 積分 (定積分) の時に威力を発揮する事になるのですが、ここではその雰囲気を味わうために、定積分もどきを考えてみます。
§1 において、 上の関数 の定積分を与えるための一つの手立てとして、所謂「区分求積法」の話をしました。ここでは簡単のため , とし、また §1 における「 を分割する回数 (分割数)」が の冪乗になっている場合のみを考えます5。即ち、 を連続とする時、定義域を分点 で等分割し、各分割における長方形 の面積を足し合わせたもの が の下で収束するかどうかを考えてみます。なお、 は有界閉区間なので、命題 1 (あるいは定理 1) より , であり、よって となり、 が有界列である事まではすぐに分かります。
「極限値が存在する」事を示すためには
- が有界単調列になっているかどうかを調べる
- が Cauchy 列になっているかどうかを調べる
- が有界であるかどうかを調べ、収束部分列の極限値が一つに定まるかどうかを調べる
等の方法が考えられますが、ここでは が Cauchy 列になっている事を示してみます。そのためにまず として をどのように評価出来るか考えてみます。
まず は 個の分割に対する和として与えられますが、この和の取り方を「 個ずつのブロック」に分けて考えます。 つまり という事です。 の方もこれに合わせて ( に注意して) としておきましょう。すると、三角不等式より直ちに が得られます。十分大きな に対して、この和の中身 (絶対値の部分) を所与の でおさえる事が出来れば、後は「 を 個足して で割る」だけなので、 を得る事が出来そうです。必要なら の対を と読み替えてやれば良いでしょう。
さて、上の式において、 と が最大どれだけ離れているかを調べてみると、 であるようです。 が大きければこれらの分点は十分近付くので、そこに の連続性を使ってやれば、(5) 右辺の和の中身を でおさえてやる事が出来そうです。但し、 の連続性を使って評価をするのならば、まず の場合に における の連続性を使って となり、次に の場合に における連続性を使って となり…これを 回繰り返すと、全部で 個の が取れます。ここから「十分大きな 」を取って とするためには、 を よりも大きくとってやれば良いわけですが、 は全部で 個あります。 を全ての に対して 以上とするためには、 個の の最大値以上と取る必要があり、しかし の個数が既に に依存しているわけで…と、単に「各点における連続性」だけを使っていては今の議論を解決させる事が出来ません。
ここで一様連続性の出番となります。 は有界閉区間 上の連続関数なので、定理 2 によると 上で一様連続です。よって各 の値に関係無く、任意の に対して となるような を取る事が出来ます。よって、後は なる を取れば、 の時に (6) の左辺をいつでも でおさえる事が出来るので、(5), (7) と合わせて が得られました。
以上の議論を命題の形でまとめておきます。
命題. 連続関数 に対して次の極限が存在する。
証明の概略. 主張の極限の中身を とおく。
任意の を取り固定する。 は 上連続なので、定理 2 から一様連続である。よって (7) を満たす が存在する。そこで を と取ると、 を満たす任意の に対して が成り立つ。実際、もし ならばこれは自明であり、もし であるならば、 とおけば (5), (6), (8) から が得られる。 の時も同様。
よって は Cauchy 列なので、実数空間の完備性から は収束列であり が存在する。
以上より が収束しており、その極限値が定積分 の「候補」となるわけですが、これだけではまだ積分の定義として十分とは言えません。例えば
- 等分割でないといけないのか?分点の間隔を変えるとどうなるのか?
- 分割 においてどうして という左端の値を取ったのか? だとどうなる? では?6
等の問題があり、分割のやり方や分点の選び方を変える度に「積分」値が変わってしまうのは不安定です。定積分を正確に定義するのはまだ少し先のお話となってしまいますが、そこでも被積分関数の一様連続性が、今回の「もどき」計算と同様に本質的な役割を果たす事になります。
寄り道: 「グラフが繋がっている」とは?
これまで、実数値関数が連続である事の直観的なイメージを「グラフが繋がっている」と表現してきました。高校までの数学で慣れ親しんでいるであろう概念と紐付けた方が理解の助けになるかもしれない、というのが理由なのですが、一方でこの「関数のグラフ」を数学的にきちんと定義し、「繋がっている」に対応する数学的性質を与える事も考えられます。そのために、まず -平面に相当する 次元 Euclid 空間 を導入します。
集合の直積の定義は §0 でも扱っていますが、端的に言って とは「二つの実数を対にしたもの全体からなる集合」です。そして、実数値関数 が与えられた時、関数 のグラフは次のように定義されます。 まさしく「 となる 全体からなる集合」です。
そして、実数値関数の連続性はそのグラフが連結 (connected) であるかどうかと密接な関係があります。連結性の正確な定義をここで与える事はしませんが、大雑把に言って、関数 のグラフ が連結であるとは「『 における共通部分を持たない二つの部分集合7で を分離出来る』という事はない」と定義されます。何だかまた回りくどい言い方になってしまっていますが、連結であるとは「非連結でない」という意味であり、非連結の方を数学的に表現しています。
例えば、 に対して を考えてみると、下図のように を二つの交わらないボール , () で覆えてしまうので、これは連結ではありません。
また、 §8 に登場した不連続関数 のグラフに対しては、有界なボールではないですが下図のような , () によって を二つに分離出来ている事が分かります。よってやはり は連結ではありません。
実は、 が区間である限り、 上の実数値連続関数のグラフは常に連結である事が知られています。つまり、 の「一つに繋がった」グラフを二つの異なる部分集合で分離する事は出来ない、という事です。「区間上の連続関数のグラフは常に一つに繋がっている」が真なので、これをもって「グラフが繋がっている」という直観的視覚的イメージを関数の連続性と関連付けるのは具合が良さそうです。
しかし、「区間 上の実数値関数 のグラフが連結ならば は連続」という命題は成り立ちません。有名な反例として「位相幾何学者の正弦曲線」なるものが知られています。これは という関数及びそのグラフに関する例であり、 は連結なのですが は原点で明らかに連続ではありません8。よって「 が連続」と「 のグラフが連結」は同値ではありません。
この例に鑑みれば、「関数が連続」に対応する (数学的に同値である) ようなグラフの「繋がっている」性質は連結性だけでは不十分であり、更なる条件が必要となるのですが、しかし上の のグラフが「原点でしっかり繋がっている」と見えるかというと厳しいものがあり9、このような例の存在が関数の連続性に対する直観的な理解の妨げにはならないものと考えています。とは言え、このような例の存在は「直観的なイメージばかりを過信すると思わぬ落とし穴に遭遇するかもしれない」事を示しており、数学的に厳密な論理展開をする事の重要性を感じていただければ幸いです。
寄り道: 逆関数と金融リスク管理
連続関数に関連する話題というわけでは必ずしもないのですが、ここで一つ金融リスク管理に纏わる例を紹介したいと思います。
銀行をはじめとする金融機関は、将来発生し得る損失に備えて十分なだけの資本を積み増しておかなければならず、そのためにはまず「実際にはいくらになるか分からない将来の損失」の規模を可能な限り適切に把握しておく必要があります。簡単な例として、例えば年率 の金利で企業 A に 円を貸し付けた場合、通常であれば単純に考えて満期時点で 円のお金が返ってくる事になりますが、もしかすると A がそれまでに倒産したり、そこまでいかなくとも業績が悪化してしまい債務不履行となり、貸付金の大部分が戻ってこなくなってしまうかもしれません (信用リスク)10。また、金融機関は資産運用のために様々な金融資産に投資をしますが、もしかすると投資対象の価値が急変して二束三文になってしまうかもしれません (市場リスク)。「安全性の高い資産に投資しているのだから大丈夫」と思っていても、どんな対象でも価値が激変する確率はゼロではありません。その他、自然災害や人災、システム障害等によって思わぬ大損害を被ってしまう可能性も無視できません (オペレーショナルリスク)。
金融機関に対して、「上記のような様々な金融リスクを適切に捕捉・計量し、それに見合った資本を準備する」事が金融規制として求められています (所謂 Basel 規制)。そのために、(実際にはかなり複雑ですが大雑把に言って) 「1000 年に 1 度発生し得る最大の損失額」を計量する事が一つの基準となっています11。
「1000 年に 1 度」と言っても、1000 年以上も経営をしている金融機関なんてまずありませんし、あったとしても 1000 年の間に世界の様子は大きく様変わりしているので、「1000 年に 1 度の大損失事象」なんて観測のしようがありません。そもそも、金融機関が捕捉・計量しなければならないのは「今後 1 年でどれだけの大損失が発生し得るのか」という未来の損益であり、現時点でいったいいくらになるのかは正確には誰にも分かりません。
そこで通常、「今後 1 年で発生する損失額」を確率変数 (random variable) として与えられるような確率モデルを構築し、「1000 年に 1 度の損失額」を「想定しているのと同じ確率法則 (確率分布) の下で『今年』が何万回も繰り返されるとする時、1/1000 (= ) 位の割合で起こるであろう損失額」と読み替えて計量するのが一般的な方法となります。
確率変数とは「ランダムな値を取る変数」であり、現代の確率論においては測度論 (measure theory) を用いて定式化されるのが標準的です (測度論及び確率論の基礎については原 啓介先生のテキスト『測度・確率・ルベーグ積分』 を参照して下さい)。ここでは確率論の詳細に触れませんが、「1 年間の損失額」が確率変数 で表されている時、「 が 円以下である確率」は数式では以下のように表されます ( の時は収益と考える事にします)。 ここで、 とは事象 が起こる確率の事だと思って下さい。この定義によって、 の分布関数 (distribution function)12 が 上の実数値関数として与えられます。なお確率は から () の間の値を取るものなので、 の値域 は に含まれます。また、 を限りなく大きくしていけば「 である確率」は限りなく に近付く (あるいは一致する) と考えられるので であり、同様に です。更に、 の時、明らかに「 である確率」は「 である確率」以下であるので、 は単調非減少関数になっています。
もし の関数形が完全に分かっていたとして、そこからどうやって「 回に 回の割合で が取り得る最大値 ( と表す事にします)」を計算すれば良いでしょうか13。
「 回に 回の割合で生じ得る の最大値が 」という事は、言い換えれば「 回のうち 回は は を超えない」即ち「 となる確率は 」と言えそうです。すると は の解という事になります。ここで、もし が 上で連続であるならば、中間値の定理と (10), (11) を使って (命題 2 の証明と同様にして) (12) を満たす が存在する事が分かります。また、一般に は単調非減少ですが、もし更に が狭義単調増大であるとすれば、少なくとも開区間 において の逆関数 が定義出来て狭義単調増大かつ連続であり、 と書く事が出来ます14。
実はこの の事を の Value at Risk (VaR) と呼んで と表します。多くの金融機関では自分が晒されている金融リスクの計量をするためにこの VaR という指標を用いており、また上で登場した Basel 規制で求められているものも (基本的には)「 VaR の計量」であると言えます。勿論、これを正しく計算するには の形を正確に知っている必要がありますが、一般にそれを正確に捕捉する事はとても難しい問題です。もし が「サイコロを振って出る目」であったり「ルーレットゲームの賞金額」であったりするならば、事前に の法則 (確率分布) を導く事も可能と言えるかもしれませんが、相手が金融リスクとなると「融資先の倒産確率はどの程度か」「株価が一年後に半分になる確率は」「大地震が起こる確率は」等、観測・計測が困難なものが多く、少しでも正確にリスク量を計量するために適切な統計モデルを当てはめ、過去のデータ等を使って の形状を推定していかなければなりません。
なお、「将来の損失額を表す確率変数 を、現時点でのリスク量 (確定的な実数値) に変換する関数」の事をリスク尺度 (risk measure) と呼びます。VaR はその中でも最も代表的な尺度の一つであり、その値の解釈のしやすさもあって金融実務でも幅広く使用されていますが、一方で理論的な問題点も指摘されており、「適切なリスク尺度とは何か、どのように特徴付けられるのか」という問題が数理ファイナンスにおいて幅広く研究されています。そしてそれと共に、金融リスク管理実務においてもより高度なリスク尺度を活用するための試みが近年盛んになされています。
以上、初等解析学から離れてかなり長い「寄り道」になってしまいましたが、逆関数一つを取っても近年の金融実務において数学が活用されている事が分かる…という一例でした。
まとめ
今回で連続関数の性質についてひとまず終了とし、次回からいよいよ微分と積分という核心部分に迫っていきたいと思います。色々なトピックに触れたためにかなり長文となってしまいましたが、今回の本論におけるポイントは「有界閉区間上の連続関数の性質」特に「最大値・最小値定理」と「一様連続性」であり、これらの性質は関数の微分に関する重要な定理を示す際に、また連続関数の Riemann 積分可能性を示す際に用いられる事になります。
- 「ある が存在して」という意味です。↩
- 以前も出て来ましたが (§10 の脚注 7)、これは「 の定義域を とした時の値域」と同じ意味です。↩
- §9 の冒頭と同様にして一つずつ否定を考え、(B’) と同様に を (に対する ) と読み替えています。↩
- 極限は明らかに としているので、単に と省略しました。↩
- , に対して の形で表される有理数を二進有理数 (dyadic rational) と呼び、二進有理数を分点とする分割を二進分割 (dyadic partition) と呼びます。分割については積分を扱う際にきちんと定義したいと思います。↩
- 確率解析 (確率過程論) において確率積分を定義する際にも同様の和や極限を考えるのですが、実はその際には「左端、中点、右端のどれを採用するのか」が大変重要であり、それによって確率積分の値が実際に変わってしまいます。そのため、「左端を採用する積分」「中点を採用する積分」「右端を採用する積分」それぞれに異なる名称が付けられています。↩
- 正確には「二つの開集合」です。「二つの閉集合」でも良いのですが。↩
- 三角関数を導入してもいないのに「明らか」と書いてしまうのもどうかとも思いますが、 が周期関数である事に注意すると、 となる過程で が激しく振動し続ける (よって収束しない) 様子が分かるかと思います。↩
- 少なくとも、位相幾何学者ではない筆者にとっては明らかではありません。確かに、数学的な定義に従えば連結である事は分かりますが。↩
- 融資の場面とは限りませんが、金融派生商品 (デリバティブ) を使って信用リスクを回避する事もあり、その際に数理ファイナンスの理論や金融工学の技術が活用されています。↩
- 計量した将来損失額に対して何の資本を最低限準備しなければならないか、その水準は金融機関の事業形態によって異なります。↩
- 累積密度関数 (cumulative density function) や累積分布関数 (cumulative distribution function) とも呼ばれます。↩
- 「最大値」と言っても、今回紹介したような実数値関数の最大値というわけではなく、ここでは漠然と「 を 回与えた時の一番大きな値」程度の意味と思って下さい。↩
- 実際には、狭義単調増大でなくとも、また連続でなくとも、今の場合「一般化逆関数」として「 の代替品」を与える事が出来ます。↩
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