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§5 数列の極限 IV
引き続き数列の極限に関するトピックです。今回は §1 で触れた Cesàro 平均について解説します。特に、今回は「どうやって証明を与えれば (考えれば) 良いか」という発想のプロセスに対して焦点を当ててみます。
Cesàro 平均
次の定理を示す事が今回の最初の目標です。
定理 1. 実数 に収束する数列 に対して次が成り立つ。
(1) 式の の中の の事を Cesàro 平均と呼びます。例えば、§2 で扱った具体例 に対して Cesàro 平均を計算してみると となり、 と整合的です。
定理 1 を一言で表すと「収束列の Cesàro 平均は元の数列の極限値に収束する」という事ですが、逆に「Cesàro 平均が収束するような数列は収束する」は必ずしも成り立ちません。つまり、 と置いた時に は正しい (定理 1) ものの は必ずしも言えない、という事です (反例を考えてみて下さい)。この定理の証明がスラスラと書けるようになれば、まずは現代数学を勉強する上で最初のステップはクリアと考えて良いです。
証明を書くまでの道筋
ここでは、定理 1 の証明をどのように導けば良いのか、順を追って考えてみたいと思います。まず、示すべき主張を定義通りに述べると「任意の に対してある が存在して、 なる全ての自然数 に対して が成り立つ」となります。即ち、所与の に対して上記を満たす を探す事が我々のミッションです。その際に我々が使えるのは という収束であり、ここから となるような が取れる事がまず分かります。そこで、 の時に Cesàro 平均を次のように分解してみましょう。
右辺第二項の分子の各 はどれも から より離れていない事が (2) から分かっています。よってせいぜい、この項は から しか離れていないので問題が無さそうです。すると問題は右辺第一項という事になり、これの分子については何も情報がありません。もしかすると、 が小さい時には はとてつもなく大きな値になっているのかもしれません。しかし、どんなに極端な値を取っていたとしても、所詮 は有限個の実数の和でしかありません1。一方、右辺第一項の分母には という、いくらでも大きくなれる値があります。つまり、( が大きい時に) という状況です。
「右辺第一項が に近い」という事を、我々に使いやすい形でイプシロン・デルタ論法によって記述してみましょう。 は の下で に収束しますので、(所与の に対して) 次が言えます。即ち、ある が存在して、 ならば です。こうしておくと、(3) の右辺第一項に対して という評価を行う事が出来ます。なお (4) の右辺の分母で を足しているのは、もしかすると が全て となっている場合があるかもしれないからです2 3。
(3) の右辺第二項についても評価してみましょう。各 を と分けてやると となります。両辺から を引いて絶対値を取ると が成り立ちます4。 の時、各 について である事に注意して、右辺第一項に対して が の時に成立する事が分かります。 また第二項について、(3) 右辺第一項を評価した時と同様の理由から、ある が存在して が成り立ち、ここから が言えます。ここでも、分母が とならないように少し強めの評価をしています5。
以上を全てまとめると、 が 以上かつ 以上かつ 以上であるように取れば、例えば とすれば、 の時に が成り立つ事が分かりました。 でなく によっておさえる評価となっていますが、 に定数係数がかかっていても問題無い事については §3 で解説した通りです。
証明
上で辿ってきた道筋を数学的論理的に証明の形にまとめてみます。折角ですので、上で でおさえていたところも最終的に でおさえられるように最初から係数を調整しておきます (しなくとも構わないのですが)。また、 と を選ぶところはどちらも の への収束を根拠としているので、ここも一つにまとめてしまいましょう。
定理 1 の証明. 任意の を取り固定する。
仮定より , ゆえ、ある が存在して ならば が成立する。一方、, である事から、ある が存在して が成り立つ。よって自然数 を で与えれば、 の時 が成立。よって題意は示された。
もう少しエレガントな証明
これで定理 1 の証明の「答案」が無事に完成しましたが、良く考えてみるともう少し簡潔に証明をまとめられそうです。例えば、 は の Cesàro 平均ですが、 というのも定数列 の Cesàro 平均である (i.e.6, ) 事に注意すれば、そもそもまず と変形してから証明を与えた方が便利そうです。更に言えば、 とおけば (5) の右辺は数列 の Cesàro 平均となっているので、定理 1 の主張を と読み替えても良さそうです。実際、(6) が示せたとすれば、 と書けている事に注意すると として定理 1 の主張に帰着出来ます。
以上の事に注意して、定理 1 の証明をもう少し簡潔にしてみます。
定理 1 の証明. として示せば十分である。任意の を取り固定する。仮定より、ある が存在して ならば が成立する。そこで を よりも大きく取れば7、 であるような任意の自然数 に対して が成立。よって題意は示された。
最初と比べて大分すっきりした証明になりました。
発散列に対する Cesàro 平均
定理 1 と同様にして以下を示す事が出来ます。
定理 2. に発散する数列 に対して次が成り立つ。
証明は定理 1 と同じアイディアで出来るので演習とします。定理 2 から直ちに以下が得られます。
系. に発散する数列 に対して次が成り立つ。
実際、 に定理 2 を適用すればすぐに従います。
ところで、定理 2 とその系によれば「数列が発散すればその Cesàro 平均も発散する」事が分かります。これの対偶を取ると「Cesàro 平均が収束すれば元の数列も収束する」という主張が得られるような気がするかもしれません。しかし、定理 2 と系が主張しているのはあくまで「 に発散する数列に対する Cesàro 平均」であって、発散数列のもう一つのパターンである「数列が (収束するにせよしないにせよ) 振動する場合」については何も言及していません。上で「Cesàro 平均が収束しても自身は収束しない数列が存在する」と書きましたが、まさしく振動する数列、例えば がその典型例です。明らかに は収束しませんが、その Cesàro 平均は に収束する事がすぐに分かります。実際、 が常に または となる事から が得られるので、挟み撃ちの原理から従います。
まとめ
今回はイプシロン・デルタ (イプシロン・エヌ) 論法の典型的な練習である Cesàro 平均を扱いました。この定理自体はほとんど全ての初等解析の教科書や演習書に登場すると思いますが、ここでは証明そのものというよりも「その証明を思い付くに至るまでの思考のプロセス」の一例を紹介してみました。ここに書いた通りに発想しなければならないわけではありませんし、人それぞれ発想の仕方は異なるかもしれないのですが、もし「教科書に書いてある証明を見ても、どうしてこんな事を思い付けるのか分からない」と感じている方がいたとしたら、一つのヒントとして参考にしていただければと思います8。
イプシロン・デルタ (イプシロン・エヌ) 論法は、何も数列の収束を議論する時にのみ必要というわけではなく、数学全般において重要な概念となります。今後、関数の微分や積分を考えていく際にはより複雑な極限を考えなければならない場面が頻発しますので、まずは基本的な考え方を身につける上で Cesàro 平均は恰好の演習であると思います。
- , 即ち は実数列として与えられているので、少なくとも各 は実数であり、 になっているような事はありません。↩
- 同様の可能性を考慮して、(4) の右辺を にする、という方法もあります。または「 の場合」「 の少なくとも一つが でない場合」と場合分けするのでも構いません。↩
- が に依存している事が気になる人もいるかもしれませんが、 は所与の によって決まる数字ですので、 もまた が与えられればそこから決まる ( のみに依存している) 自然数です。↩
- 複数回にわたって三角不等式を使っています。三角不等式というと と二つの数の和の絶対値に対するものを連想するかもしれませんが、ここから容易に が一般の , で言える事が分かります (各自証明を与えてみて下さい)。↩
- 評価が強い (厳しい) とは、「こういう評価をするためには をもっと大きく取らなければならなくなってしまう」という意味だと思って下さい。とにかく有限の自然数として が取れれば良いので、「証明が可能な範囲で を出来る限り小さく取りたい!」と考える事にあまり意味はありません。↩
- “i.e.” は id est, 英語で言うところの that is (to say) を意味する表現です。日本語では「即ち」「言い換えると」といったところです。↩
- ここでは (4) と違って、 という調整をしていません。 のうちどれか一つでも でないならば 調整は必要ありませんし、もしこれらが全て ならば なのでそもそもこの項は消えてしまいます。なおここでもさり気なく Archimedes の原理を使っています。↩
- 一方で「証明を写し、暗記し、徐々に感覚を掴んでいく」というやり方も大事ですし、また数学は (数学に限らずあらゆる道がそうかもしれませんが) 自分で手を動かしてみなければ結局身に付かないものですので、「とにかく自分でやってみる」という精神もまた必要でしょう。↩
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