@tk
§4 数列の極限 III
前回から引き続き数列の極限に関するトピックです。今回は、§1 でもご紹介した Napier 数に焦点を当ててみたいと思います。
はじめに: 再投資と複利効果
数理ファイナンスを意識した例…という事で、今「年率利回り の安全資産」への投資を考えてみます。例えば、 ならば年率利回り といった具合です1。分かり辛ければ、 年ものの定期預金を組んで銀行にお金を預ける、という状況に置き換えても構いません。この資産に 円 (但し ) を投資すると、 年後には 円のお金が返ってくる事になります。この投資に対する収益率は となって、元々の年率利回りに一致します。
一方、もしこの安全資産が半年ものであるならば、 円を投資すると半年後に 円のお金が返ってくる事になります。そのタイミングで、戻ってきたお金を全て同じ資産に再投資するとどうなるでしょうか。この場合、投資額が ですので、更に半年経って返ってくるお金は 円となります。この 回の投資における年間収益率は、 円が 円に増えましたので、 になります。最初の場合と比べて異なるのは、半年ものへの再投資の場合、後半半年については元本の 円だけでなく、前半半年で増えた 円に対する再投資によって更に金利収入が得られている、という点です。これを複利効果と呼びます。
同様にして、今度は年間に 回の支払いの機会がある場合を考えてみます。すると、 年毎に再投資を繰り返しますので、上と同様に考えると年間の収益率は となります。もし、利払いの機会が連続的に存在するならば、即ち瞬間瞬間に連続的に利払いを受けながら再投資を行うとするならば、その場合の年間収益率はどのようになるでしょうか?それを調べるには、(1) 式において の極限を見てやれば良さそうです。
そのために、まずは として (!!) の極限を考えてみたいと思います。しかし、§1 でも触れたように、 を大きくすると の値は小さくなる一方で、これを掛ける回数が増えていくので、 の振る舞いがどうなっているのかすぐにははっきりしません。しかし、上の再投資の話に従って考えるならば、 が大きい方が期中の利払いに対する再投資の効果を享受出来るので、 は に関して単調増大であるような気がします。
年間 回払いの場合にもし再投資をしないとすると、 円を投資して 年毎に 円の利払いを受けるので、 年後には 円のお金を得る事になり、年間の収益率 (単利利回り) はやはり という事になります。 一方、(1) 式に二項定理を適用すると 即ち となっている事が分かります。つまり複利効果の恩恵は、上の二項展開における 次以上の項の部分に含まれているようです。この計算からだけでもとりあえず , である事が分かりますが、この考え方を発展させて の単調性を示してみましょう。
命題 1. (2) 式で与えられる数列 は について狭義単調増大である。即ち、 ならば が成り立つ。
証明. 任意の について を示せば良い2。二項定理から が得られる3。ここで、 であり、同様に (上で を に置き換えて) である。これらを比較すれば明らかに であり、これと (3) から , 即ち である事が示された。
命題 1 から、 を大きくしていくと はどんどん大きくなっていく事が分かります。 は が大きくなるに連れて限りなく大きくなっていく、即ち に発散していくのかもしれませんし、あるいはある値からは大きくならずに成長が留まるのかもしれません。しかし、命題 1 の証明中の計算を用いると、どうやら と書けているようであり、また明らかに である事に注意すれば、容易に である事が分かります。(4) の右辺において とした時の極限がどうなるか既にご存知かもしれませんが (以下でも少し触れます)、今はとりあえず右辺が定数でおさえられる事から が有界である事を示しましょう。
命題 2. (2) 式で与えられる数列 は有界である。
証明. 任意の自然数 に対して である。実際、 の時 であり、また を仮定すると となるので、数学的帰納法から分かる。よって となるので、(4) と合わせて が任意の に対して成立する事が分かる。
以上をまとめると
- は を大きくすればどんどん大きくなる
- しかし は をどんなに大きくしても を超える事は無い (「どんどん大きくなる」が「いくらでも大きくなる」わけではないらしい)
事が分かりました。すると、 の成長は を超えずに終わるので、 はだんだんと 以下のある実数に近付いていっているのではないか?と想像する事が出来ます。実際、数列 を計算した下図を見てみると、どうやら は 近辺のある値に近付いていっているようです。
実数の連続性公理その 1
視覚的直観的には がある値に収束しそうである事は分かりましたが、この事は数学的に正しいのでしょうか?実は以下が成り立つ事が「知られて」います。
命題 3. (有界単調列の収束) 単調非減少または単調非増大である有界数列は収束する。
これは実数の公理の一つである実数の連続性と同値な命題の一つです。実数の連続性とは直観的に言うと「数直線上には実数がギッシリと詰まっている」という事です。
有理数、即ち分数で表せる数というのも数直線上には無数に存在しています。例えば、(2) で定義される の値も、任意の において有理数となっています。しかし の における極限の値が有理数になっているという保証はありません (実際、そうはなっていない事が証明出来ます)。その他、 や 等、実数であって有理数でない (即ち無理数である) 数はいくらでも存在します。その意味で、有理数は「数直線上で無数に存在しているが実はスカスカ」というわけです。
上の説明は勿論数学的に厳密なものではありません。それでは実数の連続性と呼ばれる性質を数学的に表現するにはどのようにしたら良いでしょうか?それを考えるためには、結局「そもそも実数とは何か」という問題に立ち戻る事になります。
実数全体というと、通常は「 割り以外の加減乗除が自由に出来る4」「値の大きさの比較が出来る5」ような数字の集まりと考えたくなります。実際これらも「実数の公理」の一部 (大部分) なのですが、これだけでは実は有理数全体と変わりません。実数が実数たり得るために、「実数はギッシリ詰まっている」という事を数学的に記述し、これを「公理」として与える事によってようやく「実数の公理」が完成します6。
実数の連続性の表現の仕方はいくつかあり、それらには互いに同値な関係があります。即ち、「実数の連続性公理 A」と「実数の連続性公理 B」が存在する場合、「A ならば B」や「B ならば A」を数学的に示す事が出来ます。赤摂也先生の『実数論講義』には何種類もの実数の連続性公理 (とその同値性の証明) が紹介されています。代表的なものとして Weierstrass の公理があり、これは「空でない任意の集合は上限を持つ」というものなのですが、我々はまだ上限の定義まで進んでいないので、今はとりあえず命題 3 の結果を認めて下さい。
Napier 数の導出
さて、少々モヤモヤが残ってしまうかもしれませんが、いずれにしても命題 1, 2 及び命題 3 から、(2) で定義される数列 の極限の存在が分かりました。その極限を と表す事にし、Napier 数あるいは自然対数の底 (てい) と呼ぶ事にします。 命題 1 と 2 から、少なくとも が よりも大きく 以下である事が (数学的に) 分かります。上の図からも分かる通り、実際には は 位の値です。より正確には となる事が知られています ( をひたすら計算していけば…)。
寄り道: 指数関数と連続複利
ここまで来れば (1) の極限の導出まであと一息…に見えるのですが、我々はまだ指数関数を定義していないので、一般の に対して極限を導出する事が出来ません (厳密には、極限の存在は示せるのですが、その値と との関係が掴めません)。そこでここでは一旦 の場合について考えてみる事にします。目標は以下の収束を示す事です。
なおここで行う計算は、後に関数の微分等を扱ってからにした方が非常に簡単になります。そのため、面倒な計算が嫌な方はこの項目を読み飛ばしていただいても一向に構いません。この「寄り道」を読んでおかないと今後の講座の内容が理解出来ないという事もありません。
と置くと、命題 1, 2 と同様の方針で が狭義単調増大かつ有界である事が示せ、よって が存在します。この が実は に等しい事を示します。それには、 の適当な部分列が に収束する事を示せば十分です7。ですがその前に、まず「 とは何か」について整理しておきます。
は正の有理数なので、ある自然数 を使って と書く事が出来ます。ここで、正の数 に対して、 を「 の 乗根の 乗」と定義出来る事に注意しておきます8。よってまず によって、正の有理数 に対する が定義されます。
一方、 は の部分列なので、(5) の収束から が言えます。また、 の部分列 を考えてみると、次の関係がある事が分かります。
後の評価のために次の補題を準備しておきます。
補題 1. を正の有理数とする。この時 ( にのみ依存する) ある定数 が存在して、 に対して が成立する9。
証明は後回しにしますが、とにかくこの補題を用いると、任意の を取った時に、ある が存在して、 ならば となる事が示されます。これと (6) を合わせれば、 の時に となる事が分かります。よって です (§3 で与えた補題を思い出して下さい)。一方、 は に収束する数列 の部分列だったので、 でもあります。よって であり、これで である事が言えました。
上と (1) を合わせると、 を限りなく大きくした時の連続複利による年間収益率は となりますが、(近年の現実の預金金利のように) が十分小さい時には という近似式が成り立ちます。また、 円を投資して一年後までに 円を取得した際、その収益率を上では によって計算していたのですが、他に を収益率と捉える考え方もあります (対数収益率)。利回り の安全資産に対して連続複利による運用を行った場合の対数収益率はちょうど と等しくなります。とは言え本講座ではまだ対数関数も定義していない事ですし、初等解析学の話題とは少しずれてしまうので、ファイナンスに関する話題は今はこの程度に留めて、最後に補題 1 を証明して終わりたいと思います。
補題 1 の証明. , と表す事にして、次の恒等式に着目する10。
まず、 について (8) 式に , を代入すると となるが、ここで ゆえ となる事から を得る。一方、(7) に , を代入すると となり、 である事から上と同様にして を得る。これと (9) から が得られたので、 として題意は示された。
まとめ
少し金融に関連する話題を織り交ぜながら…と思って書いたらあちこち脱線してしまい長くなってしまいましたが、これで という数列の収束を示す事が出来ました。そのために、ここでは「有界な単調数列は収束する」という、実数の連続性公理と同値な事実を用いました。
今回導出した Napier 数 の冪乗として定義される指数関数は現代数学においてとりわけ重要な役割を果たしています。日常会話で良く「指数関数的に増加する」等という表現を用いますが、指数関数はそのような「増大速度が高い」というだけでなく、数学的に美しい性質をいくつも持っています。例えば、(4) 式において我々は に対する上からの評価を行いましたが、実はこの右辺において としてもやはり に収束します。 更には が成立しており、実は指数関数 あるいは を上の式で ( を や に置き換える事で) 定義する事も出来ます11。
本論でも触れたように、指数関数 はファイナンスの理論・実務においても重要であり、資産価値の成長率や変化率を表す際に本質的な役割を果たすのですが、今回はまず「 の場合」 (及び寄り道で「 が正の有理数の場合」) において構成を行った、という事で、更なる話題を展開させるためには準備にもう少し時間がかかってしまいます。
- 最近のゼロ金利やマイナス金利が叫ばれる世の中においては、(無リスクで) というのは随分景気の良い (?) お話ですが…↩
- 何故でしょうか?数学的帰納法を使って考えてみて下さい。↩
- の項は相殺されます。↩
- 数学的には、このような性質を持つ (演算を備えた) 集合を体 (たい)と呼びます。今の場合可換体がより適切な呼び方です。↩
- このような性質を持つ (順序関係を備えた) 集合を全順序集合と呼びます。↩
- これらは実数を数学的に表現するための公理ではあるのですが、更に基礎に立ち戻って「実数として持つべき性質を全て満たす実数集合を具体的に構築する」という立場から見ると「(構成された実数集合に対する) 命題」という事になります。しかし、§1 でも触れたようにキリが無くなってしまうので本講座ではあまり気にしない事にします (「有理数全体」から「実数全体」を構成するための方法についてのみ今後少し触れる予定です)。↩
- 部分列の収束性についてはまだきちんと解説していませんが、これも実数の連続性公理と深く関連する性質なので後程まとめて触れたいと思います。↩
- 厳密には、 が well-defined である事を確認するために 等を示しておく必要があります。↩
- このような性質を (局所) Lipschitz 連続性と言います。微分方程式を扱う時に重要な性質であり、本講座とは別の機会に扱う予定です。ちなみに とは「 が 以上で が 以下」という意味ではなく「 以上 以下の (任意の) と 」という意味です。↩
- 例えば , .↩
- 他のやり方として「, や , から有理数の稠密性を使ってボトムアップ方式で組み立てる」「各 に対して で定義してしまい、これが指数法則を満たす望ましい関数である事を確認する」「 階線形常微分方程式の一意解として与える (但し本質的には本文中の無限和による方法とほぼ同じ)」等があります。↩
※ AMFiL Blog の記事を含む、本ウェブサイトで公開されている全てのコンテンツについての著作権は、一般社団法人数理ファイナンス研究所 (AMFiL) 及びブログ記事の寄稿者に帰属します。いかなる目的であれ、無断での複製、転送、改編、修正、追加等の行為を禁止します。