@tk
※弊所 web site メンテナンスのため今回の更新が大変遅くなってしまった事をお詫び申し上げます。
§3 数列の極限 II
前回は数列の収束や発散等の定義を与えた上で、実際にいくつかの数列についてその極限の振る舞いを定義に従って調べてみました。今回はまず、数列の極限を調べる際に有用な「直観的には明らかな性質」をいくつか紹介します。
極限の加減乗除
いきなりですが、以下の命題が成り立ちます。
命題 1. を数列とし、ある に対して が成り立っているとする。この時次が成立する。
- 任意の に対して .
- .
- の時1 . 特に .
この命題を示す前に、まず次の事実を示しておきます。
命題 2. 数列 が収束列である時、次が成立する。
(1) が成立する時、数列 は有界であると言います。例えば、§2 で現れた数列 はその絶対値が常に でおさえられるので有界です ((1) において とすれば良い、という事です)。なお命題 2. の対偶2を考えれば、有界でない数列は発散する (収束しない) 事が分かります。
証明. 仮定より、ある が存在して である。よって特に、ある が存在して が に対して成り立つ3。これと三角不等式から である。よって、 としてやれば、明らかに任意の に対して が成立している。
上の証明のポイントは、「有限個の数の集合の最大値は有限だが、無限個の数の集合の最大値は有限になるとは限らない」という点です。例えば を考えてみると、 ですが、 は実数値として存在しません4。
しかし、 が収束列であるならば、十分大きな (無限個の) に対して はその極限値 の近くにいるので、 を「最初の有限個の最大値」と「 からそんなに離れていない値」を使って評価する事が出来るので有界となる、というわけです。
命題 2. を使って命題 1. の一部を示してみましょう。
命題 1. の 2. の証明. 任意の を取り固定する5。仮定より、ある が存在して以下が成立する。 そこで と置くと6、三角不等式から なる に対して が得られる。ここで命題 2. から、ある が存在して が全ての で成立している事が分かる。以上から となる事が分かった。
…??収束の定義に基づくならば を示さなければならないのに、(2) では という余計な係数がくっついていて、証明が正しく終わっていないような印象があります。
実は以下の補題が成立します。
補題. 数列 と が以下を満たすならば である。即ち、ある が存在して
証明. ある に対して (3) が成り立っているとする。任意の を取り、 と置く。仮定より、((3) の中の を と読み替えて) ある が存在して が成立する。これは である事を意味している。
…狐につままれたような感覚があるかもしれませんが、どうせ「任意の に対して評価する」のだから、最初から 倍しようが 倍しようがやる事は一緒、というイメージです (なお本来の収束の定義は (3) において としたものに対応しています)。 勿論、命題 1. の 2. の証明の中で、 を となるように取っておいても良いのですが (こうすれば最終的に に対して になります)、証明が tedious になるので、多くの場合 (3) をもって「, が示された」と言ってしまうのです。但しこの場合、 が や に無関係に取れている事には注意する必要があります ((2) においては )。
命題 1. の 1. と 3. については演習という事にして証明を省略 (横着) します。
応用例
命題 1. の応用として、§2 で扱った次の例を考えてみます。 分母が になる事が気になる場合は初項を だと思って下さい。 §2 で既に書いた通り、これは と変形する事が出来ます。命題 1. を使うと、以下の手順によって簡単に , の証明が可能となります。
- , である (これはイプシロン・エヌ論法等によって示します)。
- よって命題 1. から , である。
- 一方、分子について , が成立する。
- 再び命題 1. から が得られる。
もう一つ、高校数学でもお馴染みの例を紹介します。
例題.
証明. まず以下に注意する。 ここで、 である。実際、 である事に注意して、 に対して を と取れば、 に対して となる事が分かり7、(4) が示された。 よって命題 1. より , である。更に命題 1. を使って、 である事が示された。
ところで、我々は である事を知っているので、ここから とすれば (4) をすぐに示す事が出来そうです。しかしこの計算をするためには、平方根関数 の連続性を使わなければなりません。関数の連続性についてはいずれ本講座で扱いますが、平方根関数の連続性を「直接」示そうとすると結局 (5) のような計算をする事になります。
命題 1. に関する注意
命題 1. をシンプルに次の形で書きたくなるかもしれません。
命題? を数列とする。
- 任意の に対して .
- .
- .
しかしこれは正確には誤りです。例えば 1. の反例として、, , としてやれば左辺は ですが右辺は という、通常の実数論では計算不能な式となってしまいます。2. について、例えば とすると左辺は であるのに対して右辺は という、やはり通常計算不能な数式となってしまいます。また 3. に関しても、例えば とすると ですが となってしまい、これも不定です。細かい事かもしれませんが、命題 1. のように、 や が収束列である事を確かめずに極限の加減乗除を勝手に適用するとおかしな数式が出てきてしまう場合があるので、命題や定理の仮定が成り立っているかどうか、常に気をつけなければなりません。
挟み撃ちの原理
次に、高校数学でもお馴染みの挟み撃ちの原理を定理として述べておきます。極限の加減乗除と挟み撃ちの原理を使えば、高校数学において直観的に行っていた数列の極限計算のほとんどが正当化されます。
証明. 任意の を取り固定する。仮定 2. より、ある が存在して以下が成立する。 とすると、仮定 1. より、 の時 及び が得られる。これらを合わせると , が得られる。
なお、この定理を , , として使えば、上の例題の証明において (5) から (4) を (いちいちイプシロン・エヌ論法に立ち戻らなくとも) 直ちに示す事が出来ます (, は明らかに (4) と同値です)。
次の補題も挟み撃ちの原理と同様の方法で示す事が出来ます (各自示してみて下さい)。
補題 を数列とし、以下を仮定する。
- 任意の に対して .
- ある が存在して .
この時 が成立。
ここで、1. の条件を に置き換えたとしても となるとは限らない事に注意しておきます。実際、, とすれば常に が成り立っていますが、明らかに です。
最後に、挟み撃ちの原理を使って次の有名な数列の収束を示しておきます9。
例題.
証明. と置くと、 なる任意の自然数 に対して である事が分かる。よって二項定理から となり、ここから が得られる。右辺は の下で明らかに に収束するので、挟み撃ちの原理から もまた に収束する事が分かる。命題 1. と合わせて が示された。
まとめ
今回紹介した命題や定理を使う事で、極限に関する直観的な計算の数学的正当性の大部分が保証される事となります。一方で、上で述べたように、これらの性質を用いる際には仮定が満たされているかどうか常に注意が必要です。仮定を満たしていないのに命題を乱用すると、数学的に誤った、あるいはナンセンスな計算が生じてしまう場合があります。
一方で、§1 で解説したように、今回紹介したような (高校数学でお馴染みの) 極限の計算だけでは扱えない数列の極限もいくつも存在しています。次回と次々回ではそのようないくつかの例を通して、数列の極限に関するより本格的な議論に踏み込んでいきたいと思います。
- ここでは「任意の に対して 」を必ずしも仮定していません。厳密には「 の分母が になる可能性」は排除した方が良いのですが、一方で、仮定から十分大きな に対しては となる事が分かるので (何故でしょうか?)、有限個の に対して がどうなっていようとあまり気にしなくとも良い、という事です。本当は不正確なのですが、論点をすっきりさせるためにあえてこういう書き方をする場合もしばしばあります。気になる人は「任意の に対して 」という仮定を追加しても一向に構いません。但し、「任意の に対して 」だからと言って とは限らない事には注意しましょう (例えば を考えてみましょう)。↩
- 命題「A ならば B」の対偶とは「B でないならば A でない」を意味します。元の命題が真ならばその対偶も真です。↩
- 定義に従えば ( として) とするのが自然かもしれませんが、 でも でも大した違いは無く、趣味の問題です。もっと言えば でおさえなければならないわけでもありません。↩
- と書きたくなってしまうかもしれませんが、これも誤りです。何故ならば、 となる自然数 は存在しないからです。↩
- 「固定する」という表現は「しばらく所与の値として扱いますよ」という宣言のようなものです。↩
- でも でも、とにかく が と 以上の値であれば何でも構いません。↩
- ここで、 に対して ならば である事を使っています。証明は対偶を考えれば明らかでしょう。(同じ事ですが) 背理法でも容易に示す事が出来ます。↩
- 脚注 1. と同様の理由から「ある が存在して、任意の自然数 に対して…」にしても問題ありません。↩
- 厳密には「 乗根」の定義をまず与えなければならないのですが…自然数 と に対して、 を満たす が一意的に存在する事が知られています (いずれ本講座でも証明します)。この を の 乗根と呼び、 と書きます。 です。 の事を とも書きます。 ならば が成り立ちます (脚注 7. のものとほぼ同じです)。この単調性を使うと、証明の中の , を示す事が出来ます。↩
※ AMFiL Blog の記事を含む、本ウェブサイトで公開されている全てのコンテンツについての著作権は、一般社団法人数理ファイナンス研究所 (AMFiL) 及びブログ記事の寄稿者に帰属します。いかなる目的であれ、無断での複製、転送、改編、修正、追加等の行為を禁止します。