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§8 関数に対する極限と連続性 I
今回から、実数空間 (あるいはその部分集合) 上で定義された実数値関数に対して焦点を当てて見ていきたいと思います。まずは関数の表し方や初等的な関数の紹介をし、その後、数列ではなく「実数をある実数に近付ける」という意味での極限の概念について解説します。多くの初等的な関数は (適当な集合の上で) 連続 (あるいは更に滑らか) になっていますが、直観的なイメージでは「-平面上に描画したグラフが途切れる事無く繋がっている」と考えられる関数の連続性は、厳密には上のような極限の概念を使って、イプシロン・デルタ論法を使って定義される事となります。
実数値関数
実数空間 内の空でない適当な部分集合 を 考えます。ここで、集合の包含関係の記号 は左辺と右辺が一致する場合を許しています。よって我々は という場合も合わせて考えている事に注意して下さい。
さて、 の任意の元 に対して、何らかの実数値 を対応させるような の事を実数値関数と呼び、 と表します。また を の定義域 (domain)と呼びます。なお本来は我々が考える関数は「実数空間またはその部分集合の上で定義された実数値関数」であり、定義域もまた実数からなる事を明記しなければならないのですが、面倒なので今後しばらくは実数値関数と言えばその定義域もまた実数空間に含まれているものとしましょう 1。
関数の記法については §0 にまとめていますが、「実数値関数 によって が に対応付けられている」という事を とも表します。以下、必要が無ければ最初の を外して によって関数を表現する事も許します。
なお、今 が定義されている時に、 に対して を与える事も出来ます。これを関数 の への制限 (restriction)と呼び、 を明示的に表したい場合には 等の記号を使います。基本的には、関数を定義する場合には出来るだけ大きな定義域で考えた方が良いのですが、定義域を制限した方が関数の性質がより良くなる場合もあります2。以下、中学や高校でも扱われる初等的な関数を用いて具体例を見ていきます。
初等関数 I
実数値関数として最も基本的なのは定数関数 と一次関数 でしょう。但し は所与の実数です。定数関数は、どんな に対しても という同じ値を返します。一次関数 は、 が与えられるとそのまま 自身の値を返す関数です3。また、 に対して という演算が可能である事から、二次関数 を定義する事も出来ます。数学的帰納法により、更に一般の (任意の) に対して 次関数 が定義されます。ここで、 が偶数である場合には は非負となり、よって と書く事も可能です。また作り方から明らかに、, に対して次の指数法則 が成立します。
また、これらの関数を組み合わせた多項式関数 を考える事も出来ます (これ自体もまた 次関数と呼ばれます)。ここで は所与の自然数、 は所与の実数です。
上で登場した関数はいずれも定義域として実数全体 を取る事が出来るものでした。一方、次の関数 は に対して定義する事が出来ません。よって、定義域から を除外する必要があります。また、 より大きい自然数 に対しても同様に を ( に対して) 定義する事が出来ます。
ところで、 の事を と書く事があります4。同様に の事を と表記するならば、(1) の指数法則は に対しても (両辺が意味をなすよう、少なくとも である限りでは) 成立する事になります。但し は に対して定義する事が出来ないので、 が動ける範囲は 上に制限されている必要があります。 の「 乗」 はまだ直接定義されていませんが、(1) において とする場合を考えれば、常に であると考えるのが自然でしょう。 これにより、(1) は に対して成立するようになります。なお はやはり に対して定義する事が出来ません5。
その他の例として、次のような有理関数 を考える事が出来ます。ここで、 は所与の整数、, , , , , は所与の実数、 は「分母が となるような 全体からなる集合」です。 この場合、関数の定義域は や 等によって変わり得る事になります。但し、分母が常に であると関数が意味を失うので、「 のうち少なくとも1つは でない」と仮定しておきます6。
これら以外の初等関数として三角関数や指数関数等がありますが、これらはまだ「定義していない」ので、現時点ではあまり積極的に考えない事にします。今後順番に、冪乗根関数、指数関数、対数関数…と具体的に構成していきます。
関数の連続性・不連続性
上で紹介した初等関数は全て、定義域の上で連続となっています。これを直観的に (高校数学的に) 理解するためには、-平面上に のグラフを描画して、「グラフが繋がっている」事を確認すれば良いでしょう。例えば、 のグラフは においてグラフが一直線に繋がっています。また は、 及び のそれぞれの上では双曲線状の曲線となっており、やはり繋がっています。
連続性の概念を数学的にどう定義すれば良いかを考えるためには、逆に「では連続でないとはどういう事か」を考えてみるのが良いかもしれません。そこで、定義域において不連続点を持つような関数を一つ考えてみます。 但し、一般に集合 に対して と表す事にします7。よって上の は「 が非負なら , 負なら を取る関数」という意味です。参考までに のグラフを以下に掲載します。
ここで、 の時の値は白丸ではなく黒丸の方に対応します。これを見ると において関数 のグラフは繋がっておらず、明らかに二つに分断されています。この関数において、もし を右側から原点方向に近付けていくと、 に到達するまで の値はずっと のままです。しかし、 を左側から原点に近付けていくと、 の直前まではずっと なのですが、 に到達した瞬間に値が にジャンプしてしまいます。
もう一つ、不連続点を持つ関数を考えてみます。 これは「 の時のみ , それ以外の時は常に 」という値を取る関数です。 のグラフのイメージは以下のようになります。
の時と違って、今度は を原点 に対して右から近付けても左から近付けても、どうしても に辿り着けずジャンプが発生してしまいます。
これらの不連続点の様子から逆に考えると、関数 が点 において連続とは、「 を に近付けていった時に、 が に辿り着ける (いくらでも近付ける)」という様子を数学的に表せば良さそうです。 を に「近付け」たいので、極限の概念、即ちイプシロン・デルタ論法を使って書き下すのが良いでしょう。つまり、「どんなに小さな を取ったとしても、 の十分近くの に対しては常に が成り立っている」という事です。
そこで、一般に 上で定義された実数値関数に対して、まず関数の収束の概念を以下のように定義します。
定義. 及び に対して以下の (2) が成り立っている時に「 は の下で に収束する」と言い、 で表す。
上では、 が必ずしも の元であるとは仮定していません。これは、例えば , のような場合を想定しての事ですが、今はあまり細かく気にしなくとも構いません。
この定義については後で解説する事にして、まずこれを元に関数の連続性の定義を与えます。
定義. が で連続である (continuous) とは が成り立つ時の事を言う。また が任意の で連続である時、 は 上で連続であると言う。
後でいくつかの初等関数においてその連続性を確認してみようと思いますが、まずは逆に が において連続でない事を見てみましょう。つまり が成り立っていない事を見れば良いのですが、 である限りは常に であるので となってしまう事から、 より小さな に対しては何をどうやっても (2) を満たす を与える事が出来ません。よって は で不連続です。
も同様の理屈から で不連続なのですが、しかし に限って考えるならば である事から は成立しています (実際には の部分はどんな を取ってきても構いません)8。
(3) のような性質が成り立っているにも関わらず が で連続にならないのは、関数の極限を考えるためには「あらゆる近付け方」を考えなければならないからです。即ち、 という式は「 をどのように に近付けても」という意味を含んでいます。これが数列の極限との違いです。 は「 を右側から近付ける」限りでは原点において「 が にいくらでも近付く」という性質が成り立っているものの、 が原点で連続となるためにはそれ以外にも「左側から近付く」「反復横跳びの如く正と負の値を交互に取りながら に近付く」等のあらゆる近付け方を考えなければなりません。一方、数列 の極限を考える際には、 という数式は「 をどんどん大きくする」という意味であり、「 を大きくしたり小さくしたりしながら徐々に大きくする」ような事を考える必要はありませんでした。
の への「あらゆる近付け方」というものを理解するために以下の命題が役立つかもしれません。
命題 1. , に対して以下の 1. と 2. は同値。
1. .
2. を満たす任意の数列 に対して次が成立。
つまり「あらゆる近付け方」の一つ一つを数列によって与えられる (と考えても良い)、という事です9。この観点からすると、 が原点で連続でなかったのは「(原点への収束列であって) 負の値を取る が無限にあるような 」に対して は に近付けなかったから、という整理になります。なお、(4) は「数列 に対する極限」である事に注意しておきます。
一方、関数の収束の定義式である (2) では数列の言葉を使わず、「 に十分近い任意の 」に対して と との差がいくらでも小さくなる事をもって、収束性を表現しています10。その考え方自体は数列の収束とほぼ同じなので、今となってはとっつきやすいかもしれません。具体例で見てみましょう。
例題. は 上で連続。
証明. 任意の において が連続である事を示せば良い。任意の に対して を と定義する。すると、 を満たす任意の に対して が成り立つ。これは である事を意味している。
他にも証明の方法は色々と考えられると思いますが、やっている事は数列の収束の証明とほぼ同様の感覚です。「どうしていきなり を (5) のように取るのか」については §2 で扱った例題と同じであり、最終的に が成り立つように、計算をある程度進めてから後付けで を調整すれば良いのです。
また、このような証明を一般の有理関数に対して行おうとすると気が遠くなりそうですが、§3 で紹介したような極限の加減乗除や挟み撃ちの原理等の諸性質は関数の極限に対しても成立しており (命題 1 にも注意しましょう)、そこから「連続関数の加減乗除もまた連続関数」等の自然な性質を導く事も出来るので、あまり心配はいりません。上の例題にしても、 という連続関数 (これの連続性に対しては一応証明を与えなければなりませんが、自明なので省略します) を二つ掛け合わせたものが となる事から、面倒な計算をせずに連続性を示す事も出来ます。
ここまでのまとめ
今回から実数値関数を扱う事となり、いくつかの基本的な初等関数を紹介すると共に、関数の極限や連続性といった概念に対する数学的な定義を与えました。
長くなってしまったのでここで一旦終わりにしたいと思いますが、次回は連続関数の基本的な性質を紹介する予定です。上の命題 1 の証明も次回扱います。前回 §7 の命題 4 と良く似ているので、まとめて示してしまいましょう。
- 定義域として今後 等の多次元空間を扱う場合がありますが、まだしばらく先の話です。↩
- 定義域 があまりに小さい場合、例えば一点集合である場合等は、関数と言ってもただ一点を一点に移すだけであり、実数を一つ考えているのと大差無くなってしまうので、 はある程度大きな集合を考えるべきと言えます。また、今後関数の極限や連続性を考える上でも、 がある程度大きくないと定義が意味をなさなくなってしまう事もあります。どの程度大きな集合で考えれば良いかと言うと、例えば「内部が空でない集合」が考えられますが、現段階では定義を正確に与えるのが難しい (数学的には可能であるもののもう少し発展的な概念が必要となってしまう) ため、とりあえずは「開区間や幅を持った (一点でない) 閉区間、及びそれらの和集合」と考えて下さい。↩
- このように、与えられた元をそれ自身に移すような写像の事を恒等写像 (identity mapping)と呼びます。とは言え実数値関数 を「恒等関数」と呼ぶ事はあまりありません。↩
- 一般に、体 における 以外の元 は、乗法 (掛け算) に関して次を満たす を持っています: . このような の事を の逆元と呼び と表します。ここで は , を満たす単位元です。この意味で、実数 に対する とは「実数体 における の逆元 (今の場合は逆数とも呼べます)」として与えられるものです。一方、 は「 割る 」を表す数であり、 なので がちょうど の逆元 となっている、というわけです。とは言え体における除法 (割り算) とは「逆元を掛ける」事で定義されているので、結局のところ も も最初から同じ物を表しているとも言えます。↩
- とは言え文献によっては “” 等と書かれている事もあり、例えば Google で「 の 乗」を検索すると という答えが返ってきます。 というのは「そういう風に設定しておくと色々と都合が良いのでそうした」というローカルルールのようなものであり、「普遍的に である」というわけではありません。例えば、上で「 は に対して定義出来ない」としていますが、場合によって に対応する関数を 全体で定義しておいた方が数式が分かりやすくなるかもしれず、そういった局面において を考えて、「 とはここではこの の事だ」と宣言する事もあり得ます (もし の方が都合が良いならばそう設定・宣言します)。同様に、 についても一義的な定義が出来ないために場合によって「今の状況において都合の良い値」に設定しておく事があり、またしばしば といった設定が都合を良くする場合がある、という程度の事です。§6 で行ったように、 や が となる場合を許したのと同様の考え方です ( は実数ですらないのでもっと乱暴かもしれませんが、しかし例えば が となる場合を許すと色々な主張をすっきりと述べられるので)。↩
- 余談ですが、この条件は と書けば一行の数式で表す事が出来ます。同様に、「 の全てが でない」と言いたい場合に と書く事も出来ます。↩
- を に対する指示関数 (indicator function) と呼びます。特性関数 (characteristic function) と呼ぶ事もありますが、特に確率論では別の重要な関数 (確率分布の Fourier 変換) の事を特性関数と呼ぶので、混乱を防ぐためにここでは指示関数という言葉を用います。なお の代わりに と書く事もあります。ちなみに は Heaviside 関数と呼ばれる関数の一種 (ある意味で同じもの) です。↩
- この時 は において右連続であると呼ぶのですが、今はこのような片側連続性に踏み込むのは控えておきます。↩
- 但し証明には暗に選択公理が使われており、それ程「当たり前」というわけではありません。↩
- 脚注 2 で触れた問題がここにあり、もし があまりにスカスカな集合であると「 に十分近い任意の 」を取ってこようとしてもそのようなものは 以外には存在しない、という事態に陥ってしまい、(2) が意味を失ってしまう場合もあります。そのために、通常は を開区間等として「 に十分近い実数 はいつでも に入っている」という状態を前提にしておくべきでしょう。実はこのような性質を持つ集合の事を開集合 (open set) と呼びます。開区間は開集合の一種であり、 が開区間ならば「 の近くの点」はいつでも に含まれていると言えます。 が (一点集合でない) 閉区間や半開区間の場合もあまり気にする事はありません。例えば の場合、 に対しては「 に十分近い、 以下の点」ならばいつでも に入っています。これは Euclid 空間の相対位相を考えているという事になるのですが、これ以上の詳細は割愛します。↩
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