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§7 実数の性質 II
今回は §6 の続きです。実数の連続性公理と同値な性質を紹介しながら、実数全体からなる集合 (実数空間1) の持つ基本的な性質を紹介していきたいと思います。
初等解析学の「始め方」
我々が考えようとしているのは主に「実関数の微積分」であり、基本的に「実数に対して定義された実数値の関数」を相手にしていく事になります。今はその準備段階として、数列の収束性や実数の性質等を扱っています。
実数に対して定義された関数の事を調べるためには、まずその「実数」について十分把握しておかなければなりません。そこで、現代数学においては、「実数空間 とは以下の性質を満たす集合の事である」と定義 (約束) し、これらの性質を実数の公理として (正しいルールとして) 認めた上で議論を進めていくのが標準的です23。
- 可換体の構造を持つ。
- 全順序集合である。
- 「実数の連続性」が成り立つ。
そして、3. の実数の連続性について、§6 で見てきたように「数直線上に実数がギッシリと詰まっている」という直観的なイメージを数学的に記述するために、「有界単調列の収束」や「上限の存在」等のいくつかの表現方法があるのでした。
上の 1.~3. を満たすような集合 というものが「存在するんだ」と認めた上で、言い換えるとこれらの「公理」を正しいと認めた上で、そこから論理的な計算や議論を積み重ねる事で様々な「定理」を導いていく、というのが現代的な (公理論的な) 数学の進め方と言えます。よって、今後微積分学を展開させていく際には「果たして実数の連続性は本当に成り立つんだろうか」等といった疑問を持つ事無く、実数の持つ「性質」を使っていけば良いのです。その意味で、本来ならばまず「上の公理を全て満たす という空間が存在する」という事を認めた上で、これまで見てきたような数列の極限に関する性質、例えば挟み撃ちの原理や Cesàro 平均の定理等を示していくのが (学習のためには分かりにくいものの) 論理的には正しい手順だと言えるかもしれません。
一方で「これらの性質を持つ実数の集合というものをどうやって構築すれば良いのか」を考える事にも大きな意味があります。存在するのかどうか分からないものをベースにして論理を展開させるのは机上の空論になってしまうかもしれませんし、「実は上の 1.~3. を満たす空間は存在しない事が示された」となっては全ての議論が水泡に帰してしまう事になってしまうので、やはり「実数空間は存在する (構成出来る)」事は確認 (証明) しておかなければなりません。とは言え §1 でも触れたように、基礎的な内容に拘るとなかなか先に進めなくなってしまうのも事実です。そこで本稿では実数空間 の構成を完全に行う事は控え、以下で紹介するいくつかの「実数の連続性のバージョン」が の構成法と大きな関係がある事のみ注意しておきます。とは言え「数を自分で構成する」のも大切な事ですので、いずれ別の機会に取り上げてみたいと思います。
Dedekind 切断
数直線を適当な箇所でスパッと切断する事を考えます (勿論、直観的なイメージのお話です)。すると、一本だった数直線は「(切断箇所から見て) 小さな数からなる半直線」と「大きな数からなる半直線」の二つに別れる事になります。この状況を数学的に表すために、以下の概念を導入します。
定義. 全順序集合 に対して、部分集合 が以下を満たす時、 を のDedekind 切断と呼ぶ。
1. ,
2.
3. , に対して
数直線の例で言うと、二つに切った時の左側の半直線が , 右側が に対応しています。「二つに切り分ける」状況を考えたいので、「実際には切れていない」という状態を除外するために、 も も空でないとしています (条件 1.)。また切った二つを繋げれば再び元の数直線に戻るので、条件 2. を置いています。そして切断して出来た二つの集合の元には完全な大小関係があり、それを条件 3. で表しています。ここから明らかに となります。
の場合を考える前に、まず の Dedekind 切断を考えてみます。例えば という点で二つにスパッと切ったとすると、その場合の Dedekind 切断は か のどちらかになるでしょう。切断面における値 は、上の例だと左側の集合に、下の例だと右側の集合に、それぞれ最大値または最小値として含まれている事になります。
今度は無理数 の位置で の切断を考えてみます。有理数の概念までで Dedekind 切断を与えるために、以下の集合を定義します。 この場合、切断面の値 は に含まれておらず、よって にも にも含まれません。 は の Dedekind 切断になっているのですが (証明は省略します)、 の最大値または の最小値として、「切断面の位置に存在する値」を捉えられていない事が分かります。つまり は数直線に対応する概念としては不十分であり、この の例は「数直線だと思ってスパッと両断しても、切断面の値を取りこぼしてしまう場合がある」という事を示しています。
それに対して、実数全体からなる集合である ならば、Dedekind 切断 を行っても切断面における値は常に か のどちらかの端にくっついている、というのが Dedekind の公理です。
命題 1. (Dedekind の公理) の任意の Dedekind 切断 に対して、常に か のどちらかが存在する。
なお、 と の両方とも存在するという事はありません。もしそうだとすると、定義の 3. から が成立しますが、すると と の間に存在する実数 (例えば ) は にも にも含まれない事になり、定義の 2. に矛盾します。
命題 1 は実数の連続性 (実数の公理の 3.) を表しており、やはり §6 で見てきた「有界単調列の収束」や「上限の存在」と同値な命題です。そして、命題 1 (とそれ以外の実数の公理 1., 2.) を満たす を構築するための一つの方法として、「『有理数集合 における Dedekind 切断全体』を とみなす」というものがあります。つまり、上の例における は の Dedekind 切断としては をこぼしてしまっているのですが、逆に「 とは という の切断の事なんだ」と考えれば、有理数を使って全ての実数を捉える事が出来る、というわけです。 このようにすると、 は有理「数」の集合であるのに対して は「Dedekind 切断 (= 有理数からなる集合の対) の集合」となっているので、 等の関係が認められない (住んでいる世界が違う) ようにも思われます。しかし、 は実は「有理数の位置における Dedekind 切断全体からなる集合」と同一視する事が出来るので、このようにして も「Dedekind 切断からなる集合」に埋め込んでしまえば、 の部分集合とみなす事が出来るようになります。
上のようにして定義した が実数の公理を満たす事を確認するためには、Dedekind 切断達に対してまず「四則演算」や「順序関係」等を導入しなければなりませんが、その詳細についてはここでは割愛します。今後、初等解析学を展開する上で Dedekind 切断の概念自体が登場する機会は少ないのですが、実数を構成するための方法として重要な意味を持っています。
Cauchy 列と完備性
収束列 を考えてみます。この時、ある に対して次が成り立つ、というのが数列の収束の定義でした。 つまり、 が十分大きくなると は常に のすぐ近くに存在する、という事です。それならば、十分大きな に対して と 同士もすぐ近くに存在しているはずです。実際、三角不等式から が成り立つので、 ならば となります。 ここから、収束列 は以下の性質を持っている事が分かります ( の係数から が外れていますが、別に問題無い事はもう説明不要でしょう)。 (1) は、数列の極限がいくつであるのかを明示せずに書き下されています。実は、(1) を満たす数列の事を Cauchy 列と呼びます。
既に見たように、任意の収束列は Cauchy 列となります。逆に、「任意の Cauchy 列は収束する」というのが次の実数空間の完備性です4。
命題 2. (実数空間の完備性) 数列 が Cauchy 列であるならば、ある が存在して .
このような性質を は持っていません。例えば、§6 で例示した数列 を考えてみると、作り方から となっているので が成り立ち、よって は Cauchy 列である事が分かります。しかし、 は「 の中では」収束していません。実際、「 となるような 」は存在しません。Cauchy 列とは、いわば「 を大きくしていくと各 達同士はどんどん近づいていっているが、しかしその行き先の値は特定されていない」という状態であり、その行き先の存在を の中に保証するのが実数空間の完備性である、と言えます。
数列の収束を考える上で、完備性という性質は重要です。収束先の見当がつかない数列でも、Cauchy 列である事を示しさえすれば、とりあえず「何らかの極限値に収束する」という事までは分かるようになります。応用例の一つとして、§4 で少し紹介した指数関数の構成があります。§4 の「寄り道」として、我々は「有理数 に対する指数関数 」を定義しました。ここから「任意の実数 に対する指数関数 」を以下の手順で構成する事が出来ます (後の機会にきちんと証明を与えます)。
- に収束する有理数列 を取る (有理数の稠密性から、そのような の存在が分かります5)
- 数列 が Cauchy 列である事を示す
- 実数空間の完備性から ,
- 上の が の取り方によらない事を示す
- と定義する (4. があるので well-defined になる)
また、Dedekind 切断の時と同様、有理数の Cauchy 列を使って実数を構成する事も出来ます。詳しくは触れませんが、「有理数の Cauchy 列」全体からなる集合 に「『差が に収束する』ような Cauchy 列は同じとみなす」という同値関係 を入れ、 を で「割る (商集合を作る)」事で、実数全体の集合 を構成出来ます (Dedekind 切断の場合と同様に、やはり は自然に に埋め込まれる事になります)。
なお、命題 2 自体は「実数の連続性」と同値な命題というわけではなく、「命題 2 & Archimedes の原理」がその他の実数の連続性公理と同値となります。
部分列の収束
§4 の「寄り道」において事前準備無しに部分列を使った議論をしてしまいましたが、ここで数列の部分列の概念について解説したいと思います。
数列 を考えます。これは と実数を順番に並べたものであり、最初から数えて 番目に現れるのが という事になります。それに対して、例えば「 の偶数番目だけを取り出したもの 」や「 の奇数番目だけを取り出したもの 」を考える事も出来、 や もまた数列となっています。これらは の中から部分的に要素を取り出して並べた数列、即ち の部分列であると言えます。その他、例えば を 番目の素数として を考える、という事も出来ます。
一般には次のように定義されます。
定義. (数列の部分列) 所与の数列 及び狭義単調増大列 に対して、 で与えられる数列を の部分列と呼ぶ。
ここで、(Archimedes の原理の下では) 狭義単調増大列 は の下で常に に発散している事に注意しておきます。そして、数列 がある値 に収束している時、任意の部分列 もまた に収束する事がすぐに分かります。
逆に、「元の数列 は収束列ではないが、 のある部分列は収束している」という場合もあります。実際、振動列 を考えてみると明らかに , が成り立っています。
もう一つ、 (円周率 の小数第 位の値) という例を考えてみます。 が収束列でないのは明らかでしょう。実際、 は常に から までの非負整数値を取る事から、もし収束したとすると s.t. , 即ちある から先は全て同じ値となってしまい、円周率が無理数である事に矛盾します (循環小数で表される実数は有理数となります)。一方、例えば に対して「 となる 」を と小さい方から順番に抜き出してくれば、「 に収束する部分列 」を取り出せそうです。例えば以下のようにします。 上によって、少なくともある に対して狭義単調増大列 を定義する事が出来ます ( は無理数なので、少なくともそのような が二つは存在するはずです)。そして明らかに となり、 が収束部分列を含んでいる事が分かります。
さて、次もまた実数の連続性公理と同値な命題の一つです。
命題 3. (Bolzano–Weierstrass の定理) 数列 が有界ならば、ある部分列 とある実数 が存在して , .
つまり、有界な数列は常に収束部分列を持つ、という事です。 も、上で例示した も明らかに有界列であり、命題 3 の主張通り確かに収束部分列を含んでいる事を上で確認しました。これらは有限個の値しか取らない数列なので部分列の収束の様子が捉えやすかったのですが、命題 3 は、どんなに複雑な動きをする実数列であっても、それが有界でありさえすれば常に収束部分列を取ってくる事が出来る、という事を主張しています。
命題 3 は、実は距離空間 (あるいは一般の位相空間) 論における点列コンパクト性と呼ばれる性質と強く関係しています。これは解析学において極めて重要かつ有用な概念なのですが、やはりここでは詳しい内容に踏み込むのを控えておきます。しかし、命題 3 の有用性は今後の本講座においても明らかになる事と思われます。
最後に、部分列の収束と元の数列の収束性について一つ命題を紹介します。まず、数列 の部分列 を考えた時に、この部分列を元の数列とみなして更なる部分列を取る事が出来ます。実際、 と書いて に対して部分列 を取れば、 は「 の部分列 の更なる部分列」となっています。
さて、数列 が有界だったとすると、勿論その任意の部分列 もまた有界となります。よって、命題 3 により の更なる部分列 が存在して、ある に対して が成立します。ここで注意しなければならないのは、 の値は部分列 の取り方に依存する、という点です。例えば振動列 の場合、部分列の収束先 は と の 2 通りがあります。実は、この を部分列の取り方に寄らず同じ値 として取る事が出来る時、元の数列 自体もまた に収束する事が知られています。つまり、「数列が に収束する」事と「数列の任意の部分列に対して、 に収束するような更なる部分列が存在する」事は同値です。この事を命題の形でまとめておきます。
命題 4. 数列 及び に対して以下の 1., 2. は同値。
1. .
2. の任意の部分列 に対して更なる部分列 が存在して .
命題 4 の 2. はまわりくどくて分かりにくいかもしれませんが、解析学においてこのような議論を使う場面がしばしばあります。例えば、対象とする数列の有界性等から命題 3 のような性質を使って収束部分列の存在を示して、実はその収束先の値が部分列の取り方によらず同じ値である事を示し、命題 4 の 2. の成立をもって元の数列の収束性を示す…といった具合です。
一つ簡単な例を見てみましょう。 を以下の方程式の実数解がなす数列とします。 (いずれ扱いますが、関数の単調性・連続性や中間値の定理等から各 に対して上を満たす がただ一つ存在する事が示されます)。2. は に関する三次方程式となっているため、(解の公式が存在してはいますが) 一般の に対して を明示的に書き下すのはなかなか大変です。一方、もし が存在するならば、2. において とすれば という簡単な方程式が得られ、ここから直ちに である事が分かります。しかし、我々は の具体形すら導けておらず、 が収束しているのかどうかこの時点ではまだ分かっていません。
なお、 までの を数値的に求めたものを図示すると以下のようになります。これを見ると、 は に近い値に近付いていっているようです。ちなみにもっと大きな について計算してみると、, , , となっており、確かにどうやら、かなりゆっくりではありますが は に近付いていっているように見受けられます (勿論、これをいくら続けても を数学的に示す事は出来ません)6。
の極限の存在を示す方法として、「 が Cauchy 列である事を示す」「 が有界かつ (少なくとも十分大きな に対して) 単調かどうかを調べる」というものも考えられますが7、ここでは命題 3, 4 の適用を考えてみます。まず任意の に対して である事が分かるので (そうでなければ (3) の左辺は負となるか、または右辺よりも明らかに大きくなってしまいます)、命題 3 から、 の任意の部分列 に対して更なる部分列 と が存在して となります (但し、上述の通り は部分列の取り方に依存しており、この時点では によって異なる値となる可能性が残っている事に注意します)。また (2) から以下が得られます。 (3) において とすれば , 即ち である事が分かります。この という値は部分列の取り方によらないので、命題 4 から もまた の下で に収束する事が分かりました8。
なお、命題 4 は実数の連続性公理と同値というわけではありません。寧ろ、一般の位相空間が持つ性質と特徴付ける事が出来ますが、やはりここでは詳細を省きます。
命題 4 の証明は後日別の機会に行いたいと思います。難しくはありませんが、背理法を用いて証明するために「イプシロン・デルタ (エヌ) 論法で書かれた命題 (主張) の否定」を考えなければならず、慣れていないとこんがらがってしまうかもしれません。
まとめ
前回と今回の二回に亘って、実数の性質を概観しながら、今後重宝するであろういくつかの重要な命題 (その大半は実数の連続性公理と同値あるいは深く関係するもの) を紹介しました。これらの性質を満たす実数空間の構成に関して、厳密な議論を行うためには多くの準備をしなければなりません。インターネット上を検索すると、実数空間の構成法を丁寧に紹介している文献がいくつも見つかるので、興味のある方は調べてみて下さい。
本講座では実数値関数の微分や積分等を主な対象とする予定であるものの、未だに関数の性質まで辿り着く事が出来ていません。本当は数列に関してもまだまだ紹介すべきトピックがあるのですが、必要になったらまた戻ってくる事にして、次回から徐々に関数の性質に入っていきたいと思います。
- これまでは「空間」という言葉をあまり使っていませんでしたが、今後は を単に集合でなく「何らかの構造を持った空間」とみなした方が良いため、今後は の事を実数空間と呼ぶ事にします。↩
- 標準的なルールに従わない数学の体系もあります。↩
- 「可換体」や「全順序集合」については §4 の脚注 4., 5. を参照して下さい (とは言えあまり詳しい解説は書いてないのですが…)。↩
- より一般の距離空間 (距離という概念を備えた集合) においても「任意の Cauchy 列が収束列となる」という性質を完備性 (completeness) と呼びます。但し、一般に距離空間はいつでも完備になるとは限らず、完備でない距離空間も存在します。なお、本稿の「実数の連続性」の事を「実数の完備性」と呼ぶ場合もあるので、少しでも混乱を避けるためここでは命題 2 の性質を実数「空間」の完備性と表現する事にしました。↩
- もう少し説明すると、任意の に対して、有理数の稠密性から なる が存在します。挟み撃ちの原理から明らかに 即ち です。↩
- なお数値計算には Python を使い、SciPy に実装されている Newton–Raphson 法を用いました。↩
- 単調性が自明とならないように右辺に の項を入れてみました。↩
- 尤も、命題 3, 4 を使わなければ示せないというわけではありません。実際、(2) の両辺から を引いて となり、 の有界性から として が得られます。更に である事に注意して が言えました。↩
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