@tk
§18 Taylor 展開と冪級数 I
前回 §17 から少し間が空いてしまいましたが、今回はいよいよこれまで扱ってきた Taylor の定理や級数を組み合わせて、滑らかな関数を「無限に続く多項式」のような形で表現する Taylor 展開及び冪級数について見ていきたいと思います。今回だけではまだこれらの威力を十分に感じられるところまで話を進める事が出来ませんが、Taylor 展開を用いると、複雑な (但し滑らかな) 関数の形状や挙動を詳しく見られるようになります。またこれまでの範囲では扱う事の出来なかった三角関数も、冪級数を使ってようやく定義出来るようになります。
無限回微分可能な関数
これまでにも何度か言葉は登場しているのですが、ここで「無限回微分可能な関数」について正確に定義しておきます。
を開区間とします。 に対して、 上の -級関数とは「 階導関数 が 上で存在して連続となる関数 」の事でした。§15 でははっきりとは述べませんでしたが、 上の -級関数全体からなる集合を と表します。-階導関数 とは を微分して得られるものであり、-級でなければ -級とはなりません。これを踏まえると次の関係が成り立つ事が分かるでしょう。 つまり、 は が大きくなる程、狭い集合になっていきます。やや強引な言い方ですが、「 上の実数値関数からなる集合」を並べた列 は単調減少であると言っても良いでしょう。
ここでやはり「 を限りなく大きくする」という極限操作を考えてみます。集合の演算についてあまり詳しく扱っていないため直観的な説明に留めますが、(下に有界な) 単調非増大列 の収束「 を十分大きく取れば は にいくらでも近付ける」そして「任意の に対して 」との類推からすると、 の極限に相当するものは となります1。そこで、 に属する関数 を -級関数あるいは無限回微分可能な関数と呼ぶ事にします。なお、 を と言い換えても構いません。これでは各 について の連続性が仮定されていないように見えるかもしれませんが、 の存在により の連続性は保証されているので問題ありません。
定義からお分かりの通り、無限回微分可能と言っても「無限回微分」という操作があるわけではなく、同様に「無限階導関数」が存在するわけでもありません。あくまで「任意の回数だけ微分が出来る」という意味です。
これまでに紹介した全ての初等関数は、(定義域を適切に取れば) -級です。例えば、指数関数 は であるので2、明らかに が成り立ちます。指数関数の四則演算によって定義される双曲線関数もまた -級である事がすぐに分かります。多項式関数は、十分大きな に対して 階導関数が となり、その後は何度微分しても となるのでやはり -級です。対数関数や逆双曲線関数 (双曲線関数の逆関数) もまた -級ですが、定義域を適当に制限しなければならない点には注意が必要です (冪乗関数 等も同様)。
Taylor 展開
§16 で扱った Taylor の定理を に適用する事を考えます。 を取り固定します。すると、任意の に対して、Taylor の定理 (I~III のどれでも構いません) から という表現を得る事が出来ます。 は剰余項であり、 とすると よりも速く に近付くような何らかの関数です。
以前は「 を固定した時に を に近付ける」という事を考えましたが、今回は「 と を固定した時に を無限に大きくする」という極限を考えます。すると、(1) の右辺第一項は何らかの数列の和の極限となりますので、§17 で扱った級数と捉える事が出来ます。即ち、 と置けば、(1) を変形して となるので、もし が の下で何らかの実数値に収束するならば、左辺の級数も収束する事になります。特に である時、 という関係式が得られます。これを の を中心とした Taylor 展開 (Taylor expansion) と呼び、この等式が成り立つ時に は において ( を中心として) Taylor 展開可能であると言います。また (2) の右辺の級数を Taylor 級数 (Taylor series) と呼びます3。
いくつか例を見てみましょう。まず は 上の -級関数であり、 なので、 として という関係式が任意の に対して得られます。剰余項は、§16 の定理 2 を使うと となり、ここから が得られるのですが、 は の下で に収束するので4、ここから が示されます。よって、任意の に対して が成立する、即ち指数関数は常に ( において、原点を中心として) Taylor 展開可能である事が分かりました。なお、この式に を代入すると が得られます。§4 では Napier 数の存在を示すために という関係式を用いて、右辺が有限値を超えない事をもって という結論を得たのですが、実は上式の右辺もまた の下で同じ値 に収束する事が、指数関数の Taylor 展開を使って確認出来ました。なお、以下の図から分かるように、 への収束は本来の Napier 数の定義である よりも の方が速くなります。
次に の場合を考えてみます。 の定義域は であるため原点における展開を考える事はそもそも出来ないので、ここでは として Taylor の定理を適用してみます。すると、簡単な計算から が得られ、剰余項は となる事が分かります。まず の場合を考えると となるので、少なくとも であるならば となっているようです。同様に の場合にも が に収束する事を示せます (各自確認してみて下さい)。しかし、 の場合には少し状況が異なります。というのも、もし が何らかの値に収束するならば (4) の右辺第一項に現れる級数も収束していなければならないのですが、一方で と置くと となり、§17 の命題 3 によりこの級数は発散する事が分かるので矛盾が生じます。以上の事から、 の Taylor 展開 は の時のみ成立する事が分かりました。
なお、上式の を と置き換えて と表す事も出来ます。同様に、一般の関数 の を中心とした Taylor 展開を考える代わりに、 の を中心とした展開を考えても同じ事になります。よって以後、基本的には原点を中心とした場合を扱う事にします。
冪級数
§17 で解説した通り、数列 が与えられると、収束するかどうかはともかくとしてそれに対応する級数 を、少なくとも形式的に定義出来ます5。それと同様に、実数 が与えられた時に、数列 に対する級数を考えてやれば、やはり収束するかどうかはともかくとして少なくとも形式的には を定義する事が出来ます。(5) は (もし収束しているならばその範囲で) に関する実数値関数と見る事が出来るので、そうすると数列 と関数 (5) を対応させて「数列から関数を作る」という事が考えられそうです。この (5) の級数の形で与えられる関数を冪級数 (power series) と呼びます6。形式的には「無限に続く多項式」のように見えます。
例として、次で定義される数列 に対する冪級数を考えてみます。 これらに対応する冪級数は次のように (少なくとも形式的に) 与えられます。 これらの級数が任意の について絶対収束している事は、指数関数の Taylor 展開の収束性を考えれば容易に分かります。つまり、 という事です ( についても同様)。 このようにして 上で定義された実数値関数 及び はまさしく、これまで扱えなかった三角関数 (trigonometric function) のうち余弦関数 (cosine function) と正弦関数 (sine function) を与えています。
さて、冪級数には「ある点において収束するならば、その点より原点の近くにある点では常に絶対収束する」という性質があります。
補題 1. ある において冪級数 が収束しているとする。この時、任意の に対して (5) は絶対収束する。
証明. の時には主張は意味をなさないので の場合を考える。まず §17 の命題 1 から、数列 は の下で に収束する事が分かるので、特に は有界列である (§3 の命題 2 )。よって の時 と書ける。但し とした。これより となり (5) の絶対収束が示された7。
この補題に注意して、与えられた冪級数の定義域をどこまで広げられるかを考えてみます。つまり で与えられる を調べてみよう、というわけです。
まず (5) は に対しては明らかに定義されており値は となるので 即ち は空集合ではありません。そこで と定義します。なお は ( なので) 以上になる事は保証されていますが有限値を取るとは限らず、 となる場合がある事に注意します。
の時は となり、 以外のあらゆる に対して (5) は収束しません8。また の時は任意の に対して (5) が収束します。実際、 の定義から s.t. であり、すると補題 1 より が成立するので、 であり、更に (5) は常に絶対収束している事が分かります。
最後に の場合を考えます。まず の定義より、 であるならば (5) は収束しない、即ち発散します。同様に、 である時、もし (5) が収束するのならば補題 1 より なる に対しても (5) が収束する事になってしまうので、やはり (5) は発散します。つまり
- なる に対して (5) は発散する
という事です。一方、 の場合には、 の定義から なる が取れるので、やはり補題 1 から に対して (5) は絶対収束します。即ち
- なる に対して (5) は絶対収束する
となります。
長々と書いてまいりましたが、(6) で定義された は、 や となる場合も含めてこれら 1., 2. の性質を持っていると言えます。つまり「 の絶対値が より小さければ絶対収束、大きければ発散」という事です。このような を (5) の収束半径 (radius of convergence) と呼びます。
以上の事から、 は を満たす事が分かるので、 のいずれかが成り立つ事になるのですが、一般的には の時の (5) の収束性について言える事はありません。発散かもしれませんし、絶対収束かも、あるいは条件収束かもしれません。例えば、 の Taylor 展開として現れた級数 (即ち (5) において () としたもの) の収束半径は となりますが、 では発散する一方、 では条件収束している事を §17 で確認しました。よってこの冪級数については となっています。これは、 の Taylor 展開が の時のみ可能である事と整合的です。
が (7) の右辺のどれと一致するのかは場合によりますが、いずれにしても が常に を含んでいるのは確かであり、この開区間の上では (5) は絶対収束しています。以下では主に冪級数の定義域として を採用する事にします。
ところで、§17 の命題 3 において級数の収束性、特に絶対収束するか発散するかを調べるための二つの判定法を紹介しました。これらの判定法を応用して冪級数の収束半径を調べる事が出来ます。
命題 1. 実数列 に対して以下の極限値 が ( の場合も含めて) 存在すると仮定する。 この時、冪級数 (5) の収束半径 は以下で与えられる。 但し の時は とみなし、また の時は とみなす。
証明. とし、Cauchy の判定法についてのみ証明を与える (残りは各自)。 の時、 となるので、§17 の命題 3 により (5) は絶対収束する。逆に の時は上式の極限値が より大きくなるので、やはり同命題より (5) は発散する。
Taylor 展開と冪級数の関係
さて、すでにお気付きの事と思いますが、(原点を含む) 区間 上で Taylor 展開可能な関数 に対して、数列 を と定義してやれば、対応する冪級数 (5) はまさしく の Taylor 展開になっています。
逆に、 が冪級数 (5) の形で表されている時、つまり である時、数列 は常に (9) のように一意的に表される事が分かります。実は、収束半径を とする冪級数は の上では無限回微分可能であり、更にその導関数も のように、(極限の概念を含んでいる) 無限和と (やはり極限の概念を含んでいる) 微分を入れ替えて乱暴に計算して良い事が示されるので (証明はやや大変なので後回しにします)、この事実を使うと といった具合に計算していく事が出来て、任意の について 即ち (9) を (正確には数学的帰納法を使って) 得る事が出来ます。
つまり、関数の Taylor 展開を考える事と冪級数を扱う事は実質的に同じです。今回はまず与えられた (良い性質を持つ) 関数 がどのように Taylor 展開されるのかを考えましたが、逆に冪級数 (10) によって を定義した場合、 の Taylor 展開 (2) は (10) のものと一致します。よって、「Taylor 展開がいつ収束するか」を考える事は対応する冪級数の収束半径を求める事とほぼ同義です9。よって、-級関数の Taylor 展開が収束する範囲もまた (7) の右辺のいずれかの形をしており、 は冪級数の収束半径に一致しています。
この事は更に、関数の冪級数展開表現の一意性をも表しています。つまり、ある関数 が適当な区間の上で と二通りの冪級数で表されていたとすると、常に が成立します。
さて、§16 で数値的に確認したように、関数 に対する Taylor の定理の剰余項 は、 の時には を大きくしていくと に近付いているものの、 の時にはそうはなっていませんでした。 に Taylor の定理を適用した結果を と表した時 ( や の形はかなり複雑であるためここでは省略します10)、冪級数 の収束半径は実は となる事が知られています (これも自明ということは無く、しかしやはりここでは証明を割愛します)。つまり、何故 と が全く異なっていたかというと、その理由は という関係式があるから、と言えます。以下の図は とした時の剰余項のグラフをプロットしたものであり、概ね を境にして、収束性に大きな違いが生じている様子が見て取れます。
である時、 の Taylor 展開を と与える事が出来ます。既に述べた通り、数列 の一般項は複雑な形をしており、導出するのもかなり困難です。勿論、Taylor の定理の通りに と計算する事も出来るのですが、 や とは異なり の高階導関数を計算するのは些か面倒です11。 しかし、冪級数の性質を使って、 があまり大きくない時に の具体的な値を比較的容易に計算する手順は知られており、次回以降に紹介したいと思います。
ここまでのまとめ
-級関数に対して、Taylor の定理の剰余項 が の下で に収束する時、その関数の Taylor 展開を級数の形で与えられる事を見ると共に、冪級数 (10) を考える事と Taylor 展開を考える事は同義である事を見てきました。但し、冪級数の無限回微分可能性や (11) の関係式を示すのは現時点では準備が足りず、今回は証明しませんでした。これらを示すためには、§12 で扱った関数の一様連続性に良く似た概念である「関数列の一様収束性」を利用しなければならず、次回以降に扱う事にしたいと思います。
我々は §4 から §11 にかけて少しずつ指数関数を構築して、今回ついに指数関数の Taylor 展開が (3) の形で与えられる事を示しました。一方で、「冪級数を使って滑らかな関数を定義する」という立場からすると、(3) の右辺を指数関数の定義とする、という方法も考えられます。これが指数関数の第二の構成方法となります (やはり詳細は次回以降とします)。
また今回ようやく、二つの三角関数 と を冪級数によって定義しました。これは、上で述べた指数関数の第二の構成方法と同じ立場によるものであり、冪級数の性質を利用して、加法定理等の良く知られた性質を示す事が出来ます。これで今後は堂々と三角関数を使えるようになり、扱える初等関数の幅が広がります。また三角関数の応用として、§17 で紹介した Basel 問題の証明を与える事も出来るので、機会があれば紹介したいと思います。
- 実際、集合の演算の記号を用いると として正当化されています。↩
- は「 で 回微分をする」という操作を表します。↩
- Taylor 展開の事を Taylor 級数展開 (Taylor series expansion) と呼ぶ事もあります。↩
- §4 の「寄り道」で暗に使っている性質なのですが、例えば を となるように取っておけば、 に対して となるので、ここから が従います。↩
- §17 では の場合を考えましたが、今回は都合により から始まる場合を考えます。勿論本質的な違いは何もありません。↩
- 整級数と呼ぶ場合もあります。同様にして任意の点 を中心にした冪級数ないし整級数を考える事も出来ますが、Taylor 展開に対して本文で述べたのと同様に、冪級数も原点中心の場合だけを考えれば十分です。↩
- より正確に計算するならば、まず部分和を評価してやってから極限を取るべきですが、正項級数は値が収束するかまたは無限大に発散するかのどちらかとなるので、少々横着して最初から無限和の評価を行っています。↩
- は の を見ているだけなので、もしかすると負の に対しては収束する可能性があるかもしれないと思うかもしれませんが、もしそのような が存在するならば、補題 1 により なる について級数が (絶対) 収束してしまい、 に矛盾します。↩
- 厳密には、 の時の挙動だけは個別に考えなければなりません。↩
- 実は、 が偶数の時には となる事が知られています。§16 では、 の時の近似多項式 のグラフを紹介しましたが、実はこれらはそれぞれ としても同じになります。↩
- Mathematica や Python の Sympy ライブラリ等を使って、コンピューターで自動微分を行えば良いのかもしれませんが…↩
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