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§20 Taylor 展開と冪級数 II
今回はまず、§18 で導入した冪級数について、前回 §19 で示した結果を使って、その滑らかさについて調べていきます。そうする事で、§18 でも触れたように、冪級数展開と Taylor 展開は実は同じ事を表しているという事が分かります。また、やはり §18 で示した「極限と微分積分の順序交換」を冪級数に対して適用すれば、冪級数に対して「項別に微分積分する」という直観的に自然な (しかし乱暴かもしれない) 計算が、収束半径の内側では正しい事が示されます。それらの性質を使って、これまで登場したいくつかの初等関数の Taylor 展開 (即ち一意的な冪級数表示) を導いていきたいと思います。
冪級数の収束性
§18 で示した通り、(広義) 一様収束する関数列は「極限関数が連続になる」「極限と微分積分の順序交換が可能」等の様々な良い性質を持っています。すると、冪級数の連続性や滑らかさ、項別微分積分の可否を調べるためには、以下の収束 が (収束半径の内側で) (広義) 一様である事を示せば良さそうです。実際、次の定理が成り立ちます。
定理 1. 数列 が定める冪級数 の収束半径を とする時、(1) の収束は の上で広義一様である。
証明. の時には主張は意味をなさないので として示す ( の時も以下の議論は意味を持つ事に注意)。任意の有界閉区間 に対して、 なる が存在するので、(1) の収束が の上で広義一様である事を示せば良い。
と置くと、 に対して、三角不等式より よって が得られる。但し とした。収束半径の定義から、 とした時の級数 は絶対収束しているが、この事は 即ち が収束列である事を意味している。よって特に は Cauchy 列であるので、任意の に対して となるような が存在する。
以上をまとめると が得られ、§19 の命題 2 から、 が 上で (特に 上で) (1) の右辺の冪級数に一様収束する事が示された。
系. 数列 が定める冪級数 の収束半径を とする時、級数 は の上で連続。
証明. 任意の を取り、 となる適当な有界閉区間 を取る。定理 1 より (1) は の上で一様収束しているので、§19 の命題 1 よりこの冪級数は 上で連続である。よって特に において連続だが、 は任意だったので、 上で連続である事が示された1。
系. (項別積分) 数列 が定める冪級数 の収束半径を とする時、任意の に対して以下が成り立つ。
証明. として一般性を失わない。 を と定めると、定理 1 より は の下で に 上で一様収束しているので、§19 の定理 1 から (2) が従う2。
冪級数の項別微分
冪級数の広義一様収束が示されれば、そこから項別積分は上の通りすぐに導かれるのですが、項別微分についてはもう少しだけ大変です。というのも、項別積分の場合と違って、§19 の定理 2 を使うためには、(3) で与えられる 自体の収束ではなく、その導関数 の の下での広義一様収束が必要となります。(4) の極限となる もまた冪級数であるので、定理 1 によれば (5) もまた収束半径の内側では広義一様収束しているはずですが、(5) の収束半径が元の のそれと同じかどうか分かりませんし、もしかすると収束半径が となってしまい、 の時しか収束していない可能性も現段階ではあります。
項別微分定理を示すための準備として、まず以下の補題を用意しておきます。
補題 1. に対して以下が成り立つ。
証明には色々な方法が考えられます。オーソドックスなのは二項定理を用いる方法であり、§2 で示した例題と同様の手順となりますが、ここではせっかくなので、§18 で導いた指数関数の Taylor 展開を使ってみます。
証明. §18 の (3) より であるので、ここから が得られる。よって、 に注意して が成立する3。
定理 2. (項別微分) (3) が定める冪級数 の収束半径を とする。この時 は の上で -級であり、 は (5) が定める に一致する。即ち、 が成り立つ。また の収束半径は と等しい。
証明. として示せば十分。 と置き、 が定める冪級数 の収束半径を として、 である事を示す。
まず明らかに である事から が成り立つ。実際、収束半径の定義より、 なる任意の に対して は常に (絶対) 収束しているのだから、 は よりも大きい値 ( の場合も含む) となっているので、 でなければ矛盾が生じる4。
逆に である事を言うためには、 なる任意の に対して が絶対収束する事を示せば良い。そこで、 を満たすような を取って と置く。この時、補題 1 より は に収束する事が分かるので、特に有界列である。また ゆえ、 が絶対収束している事にも注意すると が得られる。よって級数 は絶対収束している。
以上で である事が示された。次に の収束半径が に等しい事に注意する。実際、任意の に対して であるので、 と の収束性は一致する。よって の収束半径も と等しい。また、(3) における の導関数 は の部分和となっている点にも注意して、定理 1 より が に対して 上で広義一様収束している事が分かる。よって §19 の定理 2 から、ある が存在して、 及び は の上でそれぞれ 及び に広義一様収束する事が分かる5。一方、任意の に対して は に収束する事から明らかに , であり、よって であって、更に である事が分かる。
系. (3) が定める冪級数 の収束半径を とする。この時 は の上で -級であり、任意の に対して が成り立つ。また、冪級数のあらゆる高階導関数の収束半径は元の冪級数のそれと等しい。
証明. に関する数学的帰納法を用いて示す。まず の時、題意は定理 2 の主張そのものである。次に、 を (3) が定める冪級数として、ある について であり (6) が成り立つ (更に の収束半径は である) と仮定する。この時、(6) から もまた (収束半径 を持つ) 冪級数となっている、即ち適当な を用いて と書ける事が分かる。そこで、 に対して定理 2 を適用すると、 即ち であり が成り立ち、 の収束半径もまた と等しい事が分かる。更に、各 に対して である事、また の時に となる事に注意すれば が得られ、これと (7) より、(6) の を に置き換えた式が成立する事が分かる。
定理 2 とその系を用いれば、§18 の後半で述べた「Taylor 展開と冪級数表示の同値性」に関する議論を完全に正当化出来ます。実際、 を収束半径 とする冪級数とした時、定理 2 とその系より は の上で無限回微分可能であり、§18 で計算している通り、任意の に対して 即ち が得られるため、(8) は実は の Taylor 展開そのものを与えている事が分かります。そしてこれは「冪級数表示の一意性」を意味している事も §18 で解説した通りです。そうすると、例えば 及び を同じ収束半径 を持つ冪級数とした時に、 や 等の計算を に対して行って良い事も分かります6。
初等関数の Taylor 展開
指数関数や対数関数の Taylor 展開については、既に §18 で紹介しました。ここでも計算結果を再掲しておきます7。
以下、これまで登場した (指数関数や対数関数以外の) 初等関数について、その Taylor 展開を導いてみたいと思います。
まず、双曲線関数である と は指数関数の和の形で表す事が出来るので、上で述べた冪級数表示の一意性に従えば、容易に Taylor 展開を導く事が出来ます。実際、 であり、 は が偶数の時に となり奇数の時には となる事に注意すれば という関係式が得られます。同様にして (あるいは上式の両辺を微分して) を示す事も出来ます (各自やってみて下さい)。 についてはそう単純ではないのですが、§18 の後半で述べたように、もしある を収束半径として (実際には となります) と冪級数の形で表せるとするならば、これと関係式 を用いて を具体的に計算していく事は可能です。実際、 となっているのに対して、 と計算され、各 について の係数が等しくなる事から と求めていく事が出来ます。
ところで、等比数列の和に関する公式 において、 の極限を取ると、 の時に右辺は に収束し、 の時に発散しますが、少し見方を変えて、これを関数 に対する Taylor 展開と捉える事も出来ます。 定理 2 に注意して両辺を微分すれば が直ちに得られますが、左辺を「 と の積」と考えて以下のように計算する事も出来ます。 また、(10) は (9) の両辺を微分する事によっても得られます。実際、 であり、 を に置き換えれば (10) が得られます。
これらは、 を所与とした時の関数 の特別な場合 () とみなす事も出来ます。具体的に (厳密には数学的帰納法を用いて) 高階導関数を計算していけば、もしこの関数が において ( を中心として) Taylor 展開可能であるならば という形をしている事が分かりますが8、右辺の冪級数の収束半径が である事は §18 の命題 1 から容易に示せるので、(11) の関係式が で成り立つ事が分かります。 として を と置き換えれば (10) が得られますし、また (11) が通常の二項定理 ( とした時の (11)) の一般化になっている事も見て取れるでしょう。
ところで、 の Taylor 展開の導出は容易でない、とこれまで述べてきましたが、その逆関数である についてはその限りではありません。実際、(10) の を に置き換えて得られる冪級数 の両辺を積分すると、左辺がちょうど の導関数になっている事から (§13 を参照して下さい)、定理 1 の系 (項別積分) を使って を得る事が出来ます。
の Taylor 展開についても見てみましょう。(11) において として を に置き換えた関係式 について、両辺を積分すると となります。ここで、 を整理していくと、 より となるので、最終的に が得られました。
寄り道: Abel の連続性定理
(9) で対数関数 の Taylor 展開を見ました。脚注 7 でも触れている通り、その際には収束半径 の内側のみでの (つまり の時に限った) 展開に着目していますが、§17 で示した通り、実際には (9) の関係式に を代入しても誤りではありません。
収束半径を とする冪級数 (8) について、一般には を代入する事は出来ないのですが、実は「(8) の右辺が または で収束しているのならば、その値を代入しても (より正確には、極限を取っても) (8) の等式が成り立つ」という定理が知られています。
定理 3. (Abel の連続性定理) (8) が定める級数 の収束半径を とする。もし (8) の右辺が とした時に収束しているならば、以下の関係式が成り立つ9。 についても同様。
§17 でも一言触れましたが、§17 の命題 2 を使えば、(9) の右辺が収束している事は直ちに分かるので、そこでこの定理 3 を使えば、両辺に を代入する (より正確には、極限を取る) 事が出来て、そこから という関係式が得られます。但しこれは「 より小さい ならいつでも等号が成立しているのなら、 を に限りなく近付けても、あるいは としても大丈夫だろう」というような単純な話ではありません。実際、 の時の (9) の右辺は絶対収束しているのに対して の時には条件収束しかしていないように、一般に (収束半径) の時の級数の振る舞いは、収束半径の内側とは状況が大きく異なる場合がある点に注意が必要です。
ここで、Riemann の級数定理 (ここあるいは §17 の定理 2) を思い出してみましょう。(9) の右辺は において条件収束しているので、その足し上げる順序を並べ替える事で、収束先の値を任意の実数に変えてやる事が出来たのでした。ここでは §17 で取り上げた並べ替えの具体例に従って を考えてみます。但し であり、 は で与えられる全単射とします。(9) の右辺は の時に絶対収束しているので、§17 の定理 1 によればその値は と等しくなります。即ち です。それに対して、 の時には が成り立つ事を §17 で示しました。これらの事からすると、 は 上で明らかに連続になっていません。
上の状況を数値計算で確認してみましょう。まず による並べ替えをしない場合、(9) の左辺と右辺のグラフを描いてみると以下のようになり、両者は 上でピタリと一致している事が分かります10。
次に、 による並べ替えを行った時の と のグラフを比較してみます。
見て分かる通り、 の時には両者は一致しているのですが、 の近辺で大きく乖離してしまっています11。
並べ替えをしなければ、 の時も含めて冪級数が に収束しているのに、どうして並べ替えをした途端にこのような事が起こってしまうのでしょうか? は で絶対収束している上に も収束しているのに、どうして定理 3 の主張が成り立たないのか、その理由について以下の証明を見ながら考えてみて下さい。
定理 3 の証明. 任意の を取り固定する。 を (3) で定めると、仮定より は収束列であるので、特に Cauchy 列である。よって、ある が存在して が成立する。
さて、 なる を任意に取り固定し、 に対して と定める (よって常に が成り立つ)。更に任意の を取って と置くと、 に対して が得られる。よって、三角不等式から が得られるが、今 であり、更に ゆえ である事に注意して が得られる。 は任意だったので が成り立ち、この式が任意の に対して成立する事が分かったが、更にこれと (12) を合わせると が得られる。よって、§19 の命題 2 より、ある が存在して、 の下で は に 上で一様収束する事が分かる。一方、 の時に は に (絶対) 収束しているので である。よって が成立する。
ここまでのまとめ
冪級数として与えられた関数は、収束半径の内側では常に無限回微分可能であり、また項別微分 (無限和と微分の順序交換) や項別積分 (無限和と積分の順序交換) も自由に行って良い事を見てきました。そして、それらの性質をうまく使う事で、いくつかの初等関数の Taylor 展開を (具体的に高階導関数を計算し、かつ剰余項が に収束する事を確認する、という定義通りの手順でなく) 導出しました。
以前にも述べたように、冪級数を使って指数関数の別の構成方法を与える事も出来ます。その場合、今度は逆に「関数 が指数法則を満たす」事の確認が必要となります。また、今回は扱えませんでしたが、一般に良く知られている三角関数の加法定理も同様にして、冪級数の計算によって示す事が出来ます。更に、冪級数として定義された三角関数 及び について、その導関数が満たす性質等を使って、これらの関数が周期関数である事を示すと共に、所謂円周率と呼ばれる実数を与えていきます。高校数学において直観的に定義されていた三角関数の議論と逆行しているようですが、こうする事で、「我々にとって馴染みのある三角関数」を、初等幾何による直観的な方法 (あるいは複素解析) に頼る事無く初等解析学の枠組みで手に入れる事が出来ます。次回はこの辺りの議論を少し掘り下げていきたいと思います。
- (1) の級数は 上で一様収束しているとは限らないので、いきなり として §19 の命題 1 を適用する事は出来ません。↩
- §19 でも一言触れていますが、(2) の左辺について、上の系から が 上で連続である事が分かるので、そこから Riemann 積分可能性が従う事に再度注意しておきます。↩
- この証明から類推されるように、任意の に対して です。つまり、「 の冪乗が無限大に発散する速さ」と「( として) が に収束する速さ」では、 が ( に寄らない有限値である限りは) どれだけ大きくとも、また がどれだけ に近くとも、後者の方が上です。↩
- の上で を取る、と考えても良いです。↩
- の時に である事から、§19 の定理 2 における仮定 2. が満たされている事はすぐに分かります。↩
- 厳密に言えば、冪級数の和や積が再び冪級数になる事や、その収束半径が (以上) になる事等を確認しなければなりませんが、それは部分和に対する計算をすればすぐに分かります。この点については次回少し補足します。↩
- の Taylor 展開は更に の時にも (条件) 収束する一方、 の時には収束しない事を既に見ましたが、ここではひとまず収束半径 の内側における展開のみに注目する事にします。↩
- 一般の に対する一般化二項係数 の定義は §0 をご参照下さい。↩
- 左辺の極限について、ここでは の定義域を (あるいは ) と見ており、よって における右側からの極限を考えていません。イプシロン・デルタ論法でこの極限の定義を与えると以下のようになります。 このような極限を一般には左極限 (left limit) と呼びます。 の時にも同様で、その場合には右極限 (right limit) を考える事になります。↩
- 勿論、コンピューターでは無限和の計算が出来ないので、十分大きな に対して を用いて無限和の代替としています (ここでは としました)。そのため、本文では「ピタリと一致している」と書いていますが、実際には打切り誤差の分だけごく僅かに値がずれています。↩
- グラフでは の直前で の値が折れ線上に跳ね上がっているように見えていますが、それはグラフの描画の際に を 等分した折れ線近似を用いているためであり、実際には両者の値が食い違うのは の一点においてのみです。↩
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