初等解析学 (微分積分学) 入門 §23

2019/6/1
@tk

§23 関数に対する方程式

我々はこれまで指数関数を「指数法則を満たす連続関数」として定義し、そのような性質を持つ実数値関数が存在する事を二通りの方法で確認してきました。これは言わば「連続関数の中で指数法則を満たすようなものを求めよ」という、関数についての問題を解いているようなものです。

通常の方程式と同様に、未知の関数が満たしている何らかの関係式 (例えば指数法則 ) の事を関数方程式と呼び、その未知の関数が何であるかを求める事を「関数方程式を解く」と言います。関数方程式の中でも特に重要なものとして微分方程式と呼ばれるものがあり、これは未知関数の導関数 (及びその関数自体) が満たす等式を意味しています。指数関数の第三の構成法 (あるいは特徴付け) として、今回は微分方程式を用いた方法を紹介します。同様に、三角関数についても微分方程式の解としての特徴付けを考えてみます。

微分方程式を考える上では、その解の「存在と一意性」という概念が重要となります。その前にまず、通常の (未知の実数が満たす) 方程式を通して、解の存在と一意性とは何かを見ていきたいと思います。

 

方程式の解の存在と一意性

未知の実数 が満たす等式を方程式と呼び、それを満たす の値を方程式の解と呼びます。またそのような を求める事を「方程式を解く」と言います。例えば、等式 は最も簡単な方程式の一例であり、両辺に を足せば となって、これが唯一の解である事が分かります。また、§22 では Basel 問題 を扱いましたが、 を用いた解法ではいきなり を求めるのではなく、一旦 が満たす等式 を導出して、これを変形して の値を求めました。これも、見方を変えれば「方程式 (3) を について解いた」と言えるでしょう。

に関する所与の方程式に対して、その方程式の解が存在する (exist) とは、文字通りその方程式を満たす が「在る」時の事を言います。例えば、(1) の方程式は「 は (1) を満たす」事がすぐに分かるので、解は確かに存在します。(3) についても同様なのですが、但しそれは「 が (3) を満たしている」という意味であり、それをもって直ちに「よって (2) の右辺の級数の値は だ」とは言えない点には注意しましょう。(3) において「両辺から を引いてから 倍する」という操作が許されるのはあくまで の時だけであって、(3) は の場合にも満たされています。§22 の解法では、事前に §17 を示してあったが故に、(3) において両辺から が引けたのです。

次に、 に関する方程式の解が一意である (unique) あるいは一意性 (uniqueness) が成り立つとは、 がそれぞれ当該方程式の解であるならば である事を意味します。「解があればそれらは全て等しい」という事なので、言い換えると「解がたかだか一つしかない」となります。(1) は関係式 と同値なので、そこから 以外の解が存在する事はあり得ず、解の一意性が成立しています。(3) については、実数 に対する方程式と見れば解は一意ですが、 の場合も許すのであれば解は となって一意性は成立しません。とは言え、特に断らない限り通常は方程式と言えば「未知の実変数に対する等式」と考えて、解が となるような場合は除外する事にします。

なお、解の一意性はあくまで「解があるのだとすればそれは一つだけである」という事を言っているのであって、「解が一つしかない」あるいは「解が一つだけある」という事を主張するものではありません。つまり、解の存在が示されていない時に「解が存在するかどうか分からないが、存在するとすれば一つだけである」という時にも「一意性が成り立つ」という言い方をします。例えば、 を所与の実数値関数として という方程式があった時に、たとえ (4) の解が存在するかどうか分からなかったとしても、もし が言えるのであれば、(4) の解の一意性は成立しています。特に が単射であるならば上の関係は常に成り立つので解は (存在するかどうか分かりませんが) 一意です1

例として、二次方程式 を考えてみます。ここで は定数です。この時

  • ならば、(5) は二つの異なる実数解を持つ
  • ならば、(5) はただ一つの実数解を持つ
  • ならば、(5) は実数解を持たない

である事は良く知られていますが、これを「解の存在と一意性」という言葉を使って言い換えると

  • ならば、(5) の解は存在するが一意性は成り立たない
  • ならば、(5) の解は一意的に存在する
  • ならば、(5) の解は存在しない23

となります。

§21 において、我々は円周率 を「 を満たすような正数 の最小値の 倍」として定義しました。そのためにはまず方程式 の解が「存在」している事を示さなければならず、しかし解の「一意性」は成立していないので、値の特定のために「正となる解のうち最小の値 (の 倍)」という絞り込み条件を付したわけです。いずれにしても、我々は に対して「方程式の解 (の定数倍)」として定義を与えました。

その他の例として次の方程式を考えてみます。 この方程式の解の存在と一意性を調べるためには関数 の微分を計算して増減を見てやれば良いのですが、ここではそうせずに存在と一意性それぞれを示してみたいと思います。

まず一意性を見るために、 を (6) の解であるとして を示します。そのために、 と仮定して矛盾を導く事にしましょう。まず と置いておくと、背理法の仮定より であり、また は (6) を満たすのでどちらも絶対値は 以下です。よって が成り立っています。この事に注意して、(6) に をそれぞれ代入した式の差を取って両辺を で割ると よって ( に注意して) が成り立ちます4。但し と置きました。 も、その絶対値が を超える事の無い関数ですので5、(7) が成り立つためには のどちらも絶対値が に一致していなければなりません。しかし であるため、 となる事は無いので矛盾が生じます6

次に存在を見るために、実数列 を次の漸化式で定義します。 初期値 はいくつでも構いませんが、簡単のため としておきます。この時、任意の に対しても、 の性質により となっている事が分かります (これは の時も成り立つ事実です)。また一意性の証明と同様にして が任意の について成り立ちますが、 である事と である事に注意すればここから が従います。よって であり、これを使うと適当な正の定数 に対して となる事が示せます (詳細は各自)。 ゆえ なので、ここから が Cauchy 列である事が分かり、したがって収束列となります。その極限値を と置くと、(6) と の連続性から が得られます。これで (6) の解の存在も示されました。

以上により (6) の解の存在と一意性が示されましたが、せっかくなので (8) が定める数列についてもう少し見ておきましょう。 の作り方から となっています。 とは「 に対して 回作用させたもの」であり、これが (6) の解に収束している事を上で示しました。つまり、適当な実数 を初期値として と何度も を作用させていくと、その値はだんだん (6) の一意解に近付いていく事が分かります。これは Dottie 数という名前で知られる定数であり、その値は概ね 程度となります7

 

関数方程式

これまで見て来た方程式とはいずれも「未知の実数が満たす等式」でしたが、これを発展させて「未知の関数が満たす等式」即ち関数方程式を考えます。この場合も、等式を満たす関数があれば「解が存在する」と言い、そのような関数がたかだか一つしかなければ「解は一意である」と言います。

例えば、冒頭部分でも触れたように、指数関数とは以下の関数方程式 の解 の事である、と言い換える事が出来て、これまで §9, §10, §11, §21 の「指数関数の構成 I, II」において、二通りの方法で「(9) の方程式の解の存在」を「証明」しました。

(9) の方程式のみを考えた場合には解の一意性は成り立たないのですが、ここに次の条件 を追加すると、 における解の一意性が従います。今まではっきりとした証明を与えていなかったので、ここで簡単に (9), (10) の解の一意性に触れておきましょう。関数 がどちらも (9) と (10) を満たすとすると、§9 における考察から は任意の において正の値を取ります。よって に対して定義する事が出来て、 もまた (9) を満たす事が容易に分かり、また作り方から です。すると、§9, §10 と同様の議論によって、任意の に対して である事が示されます。後は ( の連続性から従う) の連続性を使って、任意の に対して に収束するような有理数列を取ってやれば が得られ、ここから が従います。以前と同様なので詳細を省いていますが、これで (9) と (10) が定める関数方程式の連続関数解の存在と一意性が成り立つ事が分かりました8

次の例は Babbage の関数方程式と呼ばれています。 (11) は を意味しているので、(11) を解く事は「逆関数が自分自身に一致するような実数値関数を求める」のと同値です。明らかに は (11) の解であり、よって (11) の方程式の解は存在します。しかしそれ以外にも、例えば もまた (11) の解となる事が容易に分かります。更に、 が不連続である場合を許すならば のような解も考えられます。それどころか、(11) の解 が一つ与えられた時に、任意の全単射 に対して で定義される関数 は常に (11) の解になる事が分かります。実際、 です。よって (11) の解の一意性は (対象を連続関数全体等に制限したとしても) 成り立たず、無数の解が存在します。

その他の関数方程式の例として、(動的な) 最適化問題の解を特徴付ける Bellman 方程式と呼ばれるものがあります。これは経済学や数理ファイナンスにおいて良く用いられるものであり、様々なバリエーションがあるのですが例えば という関数方程式が考えられます。この関数方程式の詳細は後程「寄り道」として触れたいと思います。

 

微分方程式

指数関数 には、その導関数が元の と一致する、という性質がありました。これを言い換えると、 は次の関数方程式 の解である、という事になります。このように、未知関数の導関数を含んだ関数方程式の事を微分方程式 (differential equation) と呼びます9

指数法則 (9) を関数方程式とみなした時と同様に、(13) という方程式単体では解の一意性は成り立ちません。実際、任意の定数 に対して は常に (13) の解になっています。しかし、ここに更に (10) のような条件を付け加えると、解がただ一つに定まります。ここでは における条件 を考えてみます (このような条件を微分方程式の初期条件 (initial condition) と呼び、初期条件付きの微分方程式をしばしば初期値問題 (initial value problem) と呼びます)。すると、(13) 及び (14) (または (10) 及び (13)) について解の存在と一意性が成り立ちます (証明は後程行います)。

微分方程式の理論は奥が深く、ここでは導入部分の話をするまでに留めますが、一変数の実数値関数に対して、一般には所与の関数 及び に対して のような形で表される方程式の解 を考える事が多いです。ここで は適当な区間とします。(15) の解があるとすれば、何よりもまずその関数が微分可能でないと始まらないので、「 上で微分可能な関数全体」や といった集合 (空間) の中から解を探す事になります10

上の関数 が「良い」性質を持っているならば、(15) の解の存在と一意性が成り立つ事が知られています。逆に、 によっては (15) の解が一つに定まらない事もあります。例として という微分方程式を考えてみます。定数関数 が (15) の解になる事はすぐ分かると思いますが、実は更に もまた (16) を満たしている事を確認出来ます。よって (16) は 及び という複数の解を持っているので解の一意性は成り立ちません11

(15) の解を具体的に求められない場合にも、もし (15) の解の存在と一意性が成り立っているならば、(15) という方程式によって関数 を「定義」する事が出来ます。例えば、微分方程式 (初期値問題) (13), (14) の解の存在と一意性が保証されているという事は、逆に指数関数を「(13), (14) の唯一の解」として定義する事も可能であると言えます。この観点の下で、次に指数関数の第三の構成方法 (あるいは特徴付け) について考えてみたいと思います。

 

指数関数の構成 III

微分方程式 (13), (14) の解の存在と一意性を示し、その一意解が (標準的な) 指数関数、即ち指数法則と を満たす連続関数である事を示します。まず (13), (14) の一意性を見るために次の補題を用意します。

 

 補題 1. (13) を満たす関数 が、ある において となるならば 即ち である。


証明. を任意に取り、 なる有界閉区間とする。 は連続なので、§12 の定理 1 より である。

ここで、任意の に対して が成り立つ事を示す。まず微分積分学の基本定理と (13) より が得られ、これと積分の三角不等式から (17) が の時に成立する事が分かる。またある について (17) が成り立つ時、(18) より が得られ、ここから (17) が に対しても成立している事が示される12。よって数学的帰納法により (17) は任意の に対して成り立つ事が分かった。特に として とすれば が得られる。 は任意だったので、これで題意は示された。


 

補題 1 と中間値の定理から直ちに次が得られます。

 

 系. (13), (14) を満たす関数 は常に正値を取る。

ここから (13), (14) の解の一意性を示す方法はいくつか考えられます。 を (13), (14) の解とする時、まず とすれば であり となるので もまた (13) を満たしており、更に となる事から補題 1 を使って 即ち が得られます。もう一つの方法として、補題 1 の系と である事から は常に正値となる事が分かるので を定義する事が出来て、 となる事から、§15 の命題 1 を使って が得られ、ここから を得る、というものもあります。いずれにしても次の命題が得られました。

 

 命題 1. 微分方程式 (13), (14) の解はたかだか一つである。

 

次に (13), (14) の解の存在を示すために、具体的に解を作り出す事を考えます。そのための方法として Picard の逐次近似法 (Picard iteration) と呼ばれるものが良く知られています。発想は、漸化式によって定義される数列の極限値の求め方と同じです。上で方程式 (6) の解の存在を示すために、(8) で定義される数列 の極限を考えましたが、それと同様にして、(13), (14) の解に収束するような関数列を作ってやろう、というわけです。そのために、微分積分学の基本定理を使って (13), (14) を次のように「変形」します。 (13) が微分を含んだ方程式であったのに対して、(19) は積分を含む関数方程式、即ち積分方程式 (integral equation) となっています。

Picard の逐次近似法では、次の関係式によって帰納的に関数列 を定義してやります。 が連続になる事は明らかでしょう。もし が何らかの意味で極限関数 を持つならば、(20) で とすれば (19) が得られそうです。その際、右辺において極限と積分の順序交換をしなければなりませんが、§19 の定理 1 によれば、 が (広義) 一様収束として得られれば問題無いと考えられます。

ところで、 を具体的に計算していくと となる事が分かり、ここから となっていて、実はやっている事は「指数関数の構成 II」における冪級数による指数関数の構成と同じである事に気付いてしまうかもしれません。しかしここでは具体的な の形には気付かない振りをして、「常微分方程式の一般論『風』」の議論を進めていきます。具体的には、(8) で与えられる数列が Cauchy 列であるのを示した時と同様に、差分 を評価して最終的に §19 の命題 2 に持ち込む事を考えます。

なる有界閉区間として を任意に取ると、(20) から が得られます。これを使って次の不等式 を帰納的に示す事が出来ます。ここで としました (具体的に を計算する事も出来ますがここではあえてしません)。方針は補題 1 の証明と同じです。すると、 なる数として (この時 に注意) 言い換えると が得られます。但し としました。

(23), そして (24) が収束列であるという事実を使って、§19 の命題 2 の仮定を満たしている事を確認してみましょう。任意の を与えた時、 は収束列ゆえ Cauchy 列でもある事から、ある が存在して が成り立ちます13。よって (23) から なのですが、 は任意であったので更に が得られます。よって §19 の命題 2 を使う事が出来て、 はある 上で一様収束しています。そこで、 に対して (20) の両辺の とした極限を考えると、左辺は明らかに に収束しており、右辺は §19 の定理 1 を使って である事が分かるので、結局 に対して (19) が ( に置き換えて) 成立している事が分かりました。

上でしか定義されていないので、まだ (19) を全ての で満たすような は構成出来ていません。そこで、今度は として、 によって関数列 を定義して、その極限によって 全体における (19) の解を作る事を考えてみます。まず、 とすると 及び はどちらも (19) を 上で満たしているので、 である限り一致していなければなりません (そうでなければ補題 1 から矛盾が導かれます)。つまり、 とは、 を大きくする毎に「(19) が成立しているような区間」がどんどん広がっていくような関数列となっています。すると、 を任意の に対して (つまり各点収束の意味で) 与える事が出来ます。少し考えにくいかもしれませんが、極限の定義通りに考えてみましょう。

を一つ取り固定し、 以上となるように取ります。すると、 ならば常に なので、上の議論から が成立している事が分かります。つまり となっているので、 の下での極限値となっています。極限が に依存しているので少し気持ち悪く感じるかもしれませんが、実際には と無関係に与えられているので問題ありません。そしてこの式は を意味しています。直観的に言えば、「(19) の解は任意の について 上でただ一つ存在するので、その区間を ( を大きくして) どんどん広げていけば最終的に『どんな においても (19) が成り立つような関数』に辿り着ける」という事です。

以上、少々面倒な議論となってしまいましたが、これで次の命題が得られました。

 

 命題 2. 微分方程式 (13), (14) の解は存在する。

 

構成したのは実際には (13), (14) の解ではなく (19) の解ですが、(19) で とすれば (14) が得られますし、(19) の両辺を微分すれば (微分積分学の基本定理を使えば) (13) に帰着出来ます。なお、(19) を満たす連続関数 は自動的に -級、更には -級になる事を注意しておきます。

上では極力、 の具体的な形状を利用せずに計算をしてきました。そのため、必要以上に複雑な議論となってしまっているのですが、上の方法はより一般の常微分方程式の解を構成する時にも使う事が出来ます。

以上により構成出来た (13), (14) の解が指数関数である、即ち指数法則を満たす事を示すために、命題 1, 2 を少しだけ一般化した次の定理を紹介します。

 

 定理 1. を所与の定数とする時、微分方程式 の解はただ一つ存在する。

 

証明は命題 1, 2 とほとんど同じなので省略します。定理 1 の、特に一意性に関する結果を使って指数法則が導かれます。

 

 系. 微分方程式 (13), (14) の一意解は指数法則 (9) を満たす。


証明. を (13), (14) の一意解とする。 を任意に取って固定し、関数 を考える。 及び はどちらも ( の関数として) -級であり、 及び を満たす。また も成立しているので、 はどちらも微分方程式 (25) において としたものの解である。よって定理 1 から が成り立つ。 は任意だったので、これで題意が示された。


 

これで、(13), (14) の一意解として定義された関数 が指数法則を満たす連続関数である事が示されました。後は を確認する必要がありますが、そのためにまず の逆関数 (つまり対数関数) について少し調べておきます。

補題 1 の系によれば は常に正値であり、これと (13) から が狭義単調増大である事が分かります。よって、 は少なくとも の近くで逆関数 を持ちます (実際には 上で逆関数が定義出来る事も分かるのですが、今はそこまで必要ありません)。

この時、(十分大きな) に対して と表す事が出来ます。実際、指数法則から です。ここで、 ゆえ である事に注意して、§13 の定理 2 を使って を得ます。よって、 の連続性から が成り立つ事が分かります。これで、(標準的な) 指数関数が満たすべき性質を全て調べる事が出来ました。

 

三角関数と微分方程式

次に、三角関数 及び が満たしていた次の微分方程式を考えます。 今までの微分方程式では一階の導関数しか出て来なかったのに対して、(26) は二階の導関数が登場しています。このような微分方程式を二階 (常) 微分方程式と呼びます。

任意の に対して、関数 は全て (26) の解となっています。そこで、 における二つの初期条件 を与えて (これらは の時に成り立ちます)、(26), (27) の解の一意性が成り立つかを考えてみます。

が共に (26), (27) を満たすとして とします。すると もまた (26) を満たし、更に が成り立ちます。

に対して微分積分学の基本定理を繰り返し適用すれば となります。そこで、 として と定めると について連続となり (理由を考えてみて下さい)、 の時に が成り立つので、ここから を得ます。

これからの計算がややトリッキーに見えるかもしれませんが、常微分方程式の解の一意性を示すための常套手段とも言える方法なので紹介します。まず と定義します。すると について -級の関数となっており、実際に微分を計算すると となります。ここで右辺第二項に対して (28) を使えば となり、よって が得られます。 は常に正値となるので、ここから を得ますが、これを (28) に代入すれば となり、よって結局 が任意の に対して成り立つ事が分かります。これは の時に が常に と等しい事を意味しており、よって が得られました。 に対して同じ事を考えれば、最終的に 上で成立している事も示せます。これで、(26), (27) の解の一意性の証明は終わりです。

(28) 以降の証明方法と同様にして、以下の定理を示す事が出来ます (証明は演習として省略しますが、上の に相当する関数をどのように作るかがポイントです)。

 

 定理 2. (Gronwall の不等式) とし、連続関数 を満たすならば である。

 

Gronwall の不等式は、微分方程式の解の一意性の証明において威力を発揮する定理であり、これを使えば (13), (14) の解の一意性もすぐに示す事が出来そうに思われるのですが、その証明に指数関数の性質を使っているため、「指数関数の構成 III」で使うと循環論法に陥ってしまうので使えなかったのでした。

以上の事から、(26) と (27) を満たす解の一意性が示されたのですが、そうすると「指数関数の構成 III」と同様、「冪級数による の定義を忘れて、(26) と (27) の一意解として を定義出来ないか」という問題を考えたくなります ( についても同様)。結論から言うと「出来る」のですが、その場合、実は「二階常微分方程式を一階の連立常微分方程式に帰着させてから Picard の逐次近似法を適用する」という考え方が一般的です。どういう事かと言うと、(26) に出て来る の代わりに関数 と対応させて、(26) を と考えます。また であるので、これらを合わせて とすれば、方程式の数が二つに増えてしまう代わりに (見かけ上) 二階導関数を消して一階の常微分方程式と考える事が出来ます。ベクトルと行列の記号を使うと となり、また初期条件は です。そして、-値関数に対して Picard の逐次近似法を適用する…という事になるのですが、そのためには線形代数に関する若干の知識が必要となる (無くても出来なくはないがあった方が良い) ため、これ以上踏み込むのはやめておきます。

 

寄り道: 最適消費問題と Bellman 方程式

微分方程式の話が大分長くなってしまいましたが、ここで再び (12) の関数方程式 に話を戻します。

これは、初期時点 円だけのお金を持っている人が、各時点 円を使って消費に回す場合、 をどのように定めるのが最も良いか、という最適消費問題 (optimal consumption problem) に対応する方程式です。ここで、 は効用関数と呼ばれる関数であり、「 円を使って消費した時の嬉しさ」を表すものと考えて下さい。例えば、高級レストランで豪華な食事をして大きな を消費すれば、一度に得られる満足感は大きくなりますがその分お金はすぐに少なくなってしまいます。一方、常に節約をして を小さな値に保っておけば、お金は長続きしますがあまり大きな満足感は得られません (つまり、効用関数 は一般に単調非減少です)。

ここで、最適消費問題とはどのような問題であるかを見ておきます。 期の消費 に対する効用、つまり「嬉しさ、満足度」を で表した時、全期間 における効用の総和は という式で与えられます。ここで は割引率と呼ばれるパラメーターです14。この時、 という制約 (予算制約式) の下で動かして、(29) の値を最大化 (最適化) しよう、というのが目標です15。つまり、 で定義される関数 を考えて、各 について (31) の右辺の を与えるような がどのようなものかを調べよう、というわけです。この の事を値関数 (value function) と呼び、(30) を満たす を消費戦略 (consumption strategy), その中でも (31) の右辺の を達成するものを最適消費戦略 (optimal consumption strategy) と呼びます16。「最適消費問題 (31) を解く」とは、最適消費戦略及び値関数を具体的に求める、あるいはそれらの性質を調べて何らかの意味で特徴付ける事を意味します。そして、(31) で定義される値関数 が、(12) の Bellman 方程式によって特徴付けられる事が知られています。

(31) を直接計算しようとすると、 という「数列」を動かして上限値を探す、という、いわば無限次元空間上の最大化を考える事になってしまいます。しかし、(12) の右辺は という一変数の最大化ですので、(31) よりもずっと簡単そうに思えます。実際、多くの場合に「(12) の右辺の を達成する 」を使って「(31) の を与える 」を構成する事が出来ます。

試しに、効用関数を で与えた場合に、具体的に (31) の 及び右辺の を達成する を求めてみましょう17。やや天下り的になってしまいますが、とりあえず は適当な に対して という形をしているに違いない、と考えて を求めてみます。すると (12) の右辺は となり、 で達成されると考えられます18。ここで、 を達成する の値は によって変わるので、上のように の関数とみなしています。現時点では となっているかどうか分かりませんし、本当に上の を迎えているのかも不明ですが、とりあえず「きっとこうなるであろう」と考えて計算を進めます。そして (12) の左辺と比較して、 の係数及び定数項を比較すると となります。これらを について解くと となり、よって が値関数の候補となりそうです。また上で出て来た となり、所与の に対して常に に値を取る事も分かりました。ここから、 が実際に (12) の解である事も確認出来ます。

(31) の右辺の を与える最適消費戦略 は、実は (33) の関数を使って作る事が出来ます。 時点における資産 (お金) の金額を と表すと (特に です)、 時点における最適消費量 を満たすと考えられます。一方、 時点において だけ資産を消費に回すと、次の 時点における資産は (使った分だけ減るので) という関係式を満たします。ここから が得られ、これを (34) に代入すれば が最適消費量の候補である事が分かります。計算してみると、実際に となっているので予算制約式 (30) が満たされている上に、 が成り立っている事も確認出来ます (具体的な計算は省略します)。

最後に、上で求めた が本当に最適な戦略である事を「検証」しておきます19 を、(30) を満たす任意の数列 (つまり消費戦略) とします。 となるような が存在する場合には直ちに となってしまうので、以下では が常に正値であるような場合のみを考えても良いでしょう。また、 時点における資産額 を次で定義します。 常に である時、 もまた常に成り立っていなければならない点に注意しましょう。ここで、 を満たす事から、各 について以下が成り立ちます。 両辺に を掛けて整理すると となります。 として、 について足してやると ( に注意して) が得られます。

ここで、 の時には、(37) において とすれば が得られます。そうでない時には、 に発散してしまう事が分かるので20、やはり (38) が成り立っています。 が任意であった事から (更に (36) も考慮して)、(38) において について を取る事が出来て、(31) で与えられる値関数 を満たす事が分かりました。一方、(35) から であるので、(39) と合わせて が得られます。

これで「 は効用を最大化する (つまり最適な) 消費戦略であり、その時の (割引) 効用の総和 () は (32) で与えられる である」という事が示されました21。式で書くと という事です。これで最適消費問題 (31) がきちんと解けました。更に「 である時、値関数は Bellman 方程式の解である」という事も同時に示されています22。なお、(34) の表現は「各時点における最適な消費量は、その時点で保有している資産の 倍であり、残りは貯蓄に回すべきである」という事を示唆しています。

ここでは「時点が離散的に与えられ、かつ投資等を何も考えない単純な消費のみの最適化問題」を考え、かつ を対数関数のような単純なものに設定したために、値関数や最適戦略を具体的に求める事が出来ました。しかし、より一般的・現実的な設定の下では問題が複雑になり、解を具体的に導出できない事も多くあります。その場合、「値関数が対応する Bellman 方程式を満たす」「Bellman 方程式が唯一の解を持つ」事等を示した上で、Bellman 方程式の解析を通して最適戦略の性質を調べていく事になります。また、連続時間の最適化問題に対する Bellman 方程式は微分方程式として与えられる場合が多くあります。微分方程式の理論は最適化問題とも深く結びついているのです。

 

まとめ

今回は「方程式」というテーマに基づいていくつかの話題を紹介しました。特に、指数関数の第三の構成法として「微分方程式の一意解」による方法を扱いました。

常微分方程式の解の存在と一意性の証明に関する手法として、Picard の逐次近似法と Gronwall の不等式 (あるいはその証明方法) は現代数学において標準的であり、もっと難しい微分方程式の解析の際にも有効となる場面が多いと言えます。そのため、初等解析学の範疇からやや外れてしまうかもしれませんが少し踏み込んで紹介しました。

次回は積分に関する残りの話題を取り上げる予定です。


  1. 単射の定義は §10 を参照して下さい。
  2. 複素数の範囲まで考えれば解が二つ存在するのですが、今は の範囲を実数に制限する事にします。
  3. 解が存在しないのであれば、一意性の議論に意味はあまりありません。「解があるとすればたかだか一つだけ」と言っても、「解が無い」のであれば「解があったとしたら…」という前提が成立する事はありません。但しこれは「解の存在の有無を調べずに一意性を調べても意味が無い」という事では無く、「解の存在とは別に一意性を議論する」事には十分な意義があります。それどころか、例えば確率解析学において、確率微分方程式の解の一意性から解の存在が言えてしまうような大定理もある位です (より正確には更に「弱い意味の存在」も必要なのですが)。
  4. 三角関数の加法定理から得られる以下の関係式 を使っています。
  5. については、微分積分学の基本定理より と書ける事から分かります。
  6. 更に、実は という関数は値が になる事は無く、また となるのは の時だけである事が分かるので、 である限り となる事はありません。なお、 という関係式は、§21 で示した Leibniz の公式や、§22 で紹介した に関する公式等から得る事が出来ます。
  7. 実際に、関数電卓で適当な値を入れてから のボタンを連打すれば徐々にこの値に近付いていく事を確認出来ます。うまくいかない場合には、角度の単位がラジアン (弧度法) に設定されているかどうかを確認してみましょう。
  8. あえて「連続関数解」という表現を使いましたが、ここで解の候補となる関数のクラスを に制限しない場合には、(選択公理を認めるという我々の立場において) 解の一意性は成り立たない事が知られています。詳細は割愛しますが、二次方程式 (5) の の時の解が実数の範囲では存在しないのに対して複素数まで広げると存在する事と同様に、解を考える範囲 (空間) の設定が解の存在や一意性に影響を与える場合があります。
  9. 今のような、一変数に関する微分のみが登場するような微分方程式を特に常微分方程式 (ordinary differential equation; ODE) と呼びます。
  10. 実際には「通常の意味で微分可能な関数の中では解が存在しない (または解の存在を示せない)」というケースも多く、その場合には「弱い意味で微分可能な関数」を考える事もあります。「弱い意味での微分」の定義はここでは割愛しますが、この時の微分方程式の解を弱解 (weak solution) と呼びます。
  11. 実は、これは という関数が原点で微分可能でない、という事実が本質的に関係しています。
  12. いきなり とするのは少し危険に見えるかもしれませんが、気になる場合は のそれぞれに分けて考えれば問題ありません。
  13. の具体的な値を調べない」という立場から を認めるのが嫌であるならば に置き換えても構いません。
  14. または となるような を割引率と呼ぶ方が一般的かもしれません。この場合、 はディスカウント・ファクターと呼ばれます。
  15. 今は消費の事しか考えていませんが、実際には更に「残りの保有資産を投資に回して収益を得る」「投資とは別に労働によって収入を得る」等、資産額を増やすための経済行動も考えるのが一般的です。
  16. 「戦略」という言葉に違和感がある人もいるかもしれません。別に誰かと戦っているわけでは必ずしもないのですが、最適化問題の枠組みにおいては「最適化を図るために動かすパラメーター」達の事を一般に戦略と呼びます。その他、方策やポリシーといった表現も用いられます。
  17. の下で に発散してしまいますが、今は の時に となる場合も許して (つまり だと) 考えます。
  18. ここでは単に、「最大値はきっと極値で迎えるだろう」と考えて と計算しているだけです。この が本当に を与えているかどうかは今は真面目に確認しておらず、あくまで発見的 (heuristic) な考察をしているのに過ぎません。すぐ下の脚注 19 で触れていますが、数学的な正当性は後でまとめて確認します。 の計算がこれで結果的に正しかった事は、(32) と (33) を得た後で、確かに が (12) 右辺の の中身の唯一の極大値となっている事をもって保証されます。
  19. このような議論を verification argument と呼びます。前半の の導出段階では「当たりをつけて解の候補を見つける」という作業であり、厳密性も無く数学的な証明になっていませんが、後半で「見つけた解の候補が実際に解になっている」事を検証 (証明) する事で、数学的に正しく解を求められた事になります。
  20. の単調性と から が得られるので、更に に注意すれば をいくらでも小さくする事が出来ます。
  21. 「最適消費戦略が 以外には存在しない」とまでは示していません。
  22. がより一般の関数の時にも成り立つ事実ですが、証明の手順は同じではありません。

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