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§21 Taylor 展開と冪級数 III
引き続き冪級数に関するテーマを扱いますが、今回は具体的な初等関数の話題に焦点を当てて進めます。
前々回 §18 において、三角関数 と を冪級数によって定義しました。同様にして、今回はまず指数関数の第二の構成方法として「冪級数によって指数関数を定義する」という話から始めていきたいと思います。また、三角関数についてはまだ定義をしただけでほとんど何も性質を調べていなかったので、今回は冪級数の立場から「三角関数について良く知られている性質 (加法定理、周期性、導関数等)」を示していきます。
指数関数の構成 II
§9 によると、(標準的な) 指数関数とは以下の 3 つの性質を満たす関数 の事でした。
- は指数法則 を満たす。
- は 上で連続。
- .
§9 から §11 にかけて、我々は「実数の自然数乗」から始めてボトムアップ方式で指数関数を構成しました。そして、構成した関数 に対して Taylor 展開 が成立する事を §18 で示しました。
ここでは逆に、(2) の右辺として与えられた関数が指数関数の条件である 1. 3. を満たす事を示す、という手順で指数関数を構成する事を考えます (そのため、ここでは §11 の「指数関数の構成 I」で扱った話を一旦忘れて、我々は指数関数の存在をまだ知らない事にします)。つまり、冪級数 こそが指数関数の定義である、と考えるわけです。なお、この冪級数の収束半径が である事は指数関数の第一の構成法と関係無く示される事に注意しておきます。
まず準備として次の命題を紹介します。
命題 1. に対して級数 がそれぞれ絶対収束していると仮定し、また と置く。この時級数 はいずれも絶対収束し、また以下が成り立つ1。
証明. まず直接計算によって となる事が確かめられる。これと三角不等式から が得られるが、仮定より上式の右辺は とした時に有限値に収束する。よって は絶対収束している。更に、上と同様に である事が分かるので、 とすれば題意の等式が得られる。 が定める級数については省略 (各自)。
命題 1 を使って、(3) で定義される冪級数 が指数法則 (1) を満たす事を確認してみましょう。任意の を固定すると、級数 及び はどちらも絶対収束しているので、命題 1 により、 もまた絶対収束する級数であり、具体的には以下のように表される事が分かります。 二項定理から となるので が成立する事が分かりました2。よって は 1. を満たします。
§20 の定理 1 や定理 2 及びそれぞれの系によれば、2. の連続性は明らかでしょう。更に は 上で -級であり、また項別微分定理を使えば である事もすぐに分かります。指数法則と (定義式 (3) からすぐに分かる) から、 も も正値関数であり、特に が狭義単調増大になる事も §9 で行ったものとほぼ同じ議論から分かります。
最後に 3. の関係式を確認しておきましょう。そのためには が成り立つ事を示せば十分です3。
が (1) を満たす事は既に示したので、 が成り立つ事も容易に分かります。よって が得られます。この式の右辺についてもう少し詳しく評価をしてみましょう。まず の定義 (3) から となり4、また (1) と の単調性等から が成り立つので、これらと (5) から が得られ、よって (4) が成り立つ事が分かりました。
以上により、(3) で冪級数として定義した関数が (標準的な) 指数関数になっている事が確認出来ました。以前は「第一の構成方法によって指数関数を構成し、それに対する Taylor 展開を導く」事によって (2) の関係式を得ましたが、ここでは「冪級数という第二の構成方法によって指数関数を構成し、その での値が Napier 数 と等しく、また指数法則からこの関数が『 の自然数乗』の自然な拡張になっている事を確認する」事で (2) の関係式に辿り着いた、という流れになります。
指数関数の微分可能性について、以前の方法では §11 の定理 1 を使った計算によって確認をしていましたが、今回の方法では冪級数を使って定義しているため、微分可能性は冪級数の一般論から直ちに得られますし、また §11 の定理 1 自体についても、それこそ §11 の脚注 1 の通り「微分して増減表を調べる」事で示せてしまいます。
初等関数 VI
指数関数の第二の構成法と同様、§18 では冪級数として三角関数 と を以下のように定義しました。 今回は、これらの関数が満たす性質について調べていきたいと思います。
まず、定義から明らかに であり、また 及び はそれぞれ偶関数及び奇関数である事が分かります。即ち です。
初等幾何学的な考察と挟み撃ちの原理によって示すのが一般的である という関係式も、 という冪級数の の近くにおける振る舞いを調べればすぐに得られますし、またこの式を使わなくとも 及び の (無限回) 微分可能性は冪級数の性質として既に分かっています。
更に項別微分定理から であり、同様に である事もすぐに分かります。すると であり、 は「二階導関数を 倍すると元に戻る」という性質を持っている事が分かります ( も同様)。
これらの関係式を使って「 は 上に零点を持つ」即ち が成り立つ事を、背理法によって示してみましょう。もしそのような が存在しないとすると、 は任意の に対して を満たす事になりますが、更にもし なる が存在したとすると、(6) と中間値の定理から直ちに なる が存在する事が分かるので矛盾が生じます。よって という仮定は を意味しています。一方、(6) と の連続性から、 は の近辺では「 に近い値となる」即ち「 から正の方向に離れている」はずです。数学的に言うと、ある が存在して が成立しています5。
(6), (7), (9), (10) 及び微分積分学の基本定理から、 に対して が得られるので、再び微分積分学の基本定理を用いると、特に なる任意の に対して となります。しかし上式の右辺は を十分に大きくすれば明らかに負の値となってしまい (9) に矛盾します。
以上の事から (8) のような の存在が示されました。そこで、 と置いてみると、まず は下に有界かつ空集合でない () ので、 を実数として与える事が出来ます (また定義の仕方から明らかに です)。そこで、 なる数列 を取ると、 の連続性から となり、 にも注意すると もまた の元である、即ち には最小値 () が存在する事が分かります。そこで、 の最小値を 倍した値を円周率と呼んで という記号で表す事にします6。定義の仕方から明らかに が成立しています。なお、 の連続性と の定義に注意すると、 は を満たす事が分かります。 であったので、上式はまた が 上で狭義単調増大である事も意味しています7。これと (6) から特に が得られます。よって は 上で狭義単調減少です。
三角関数の性質をこれ以上深く掘り下げていくためには、そろそろ三角関数の加法定理 (いずれも複号同順) を準備しておかなければなりません。これらは指数関数の第二の構成方法において指数法則を確認した時と同様、命題 1 に基づいて、少し煩雑になってしまいますが各級数の和や積を計算しながら確認していく事になります。まず が得られ、同様にして も得られます。一方で となり、右辺第二項の の部分は の時に となる (実体を持たない) 事に注意すれば、以上の計算から が得られます。 については、上式で を に置き換えて、 が偶関数であり が奇関数である事を使えば良いでしょう。 に関する加法定理の証明も同様なので省略します。
に関する加法定理において とする事で以下が得られます。 特に の時に となり、これと (13) から が得られます。
また、(12) の通り は の時に正の値となる事を既に見ましたが、更に加法定理と (11), (13), (15) より 言い換えると である事が分かります。またこれは が の上で狭義単調減少である事も意味しています。よって (15) は の極大値を与えています。同様にして も従います。特に は 上で狭義単調減少です。
加法定理と (11) から が得られ、同様にして、(15) も合わせて を得ます。以下同様にして や また 等を導く事が出来ます。これで、 上の 及び の振る舞いが概ね分かりました。その他、 や の値を具体的に計算出来る場合をいくつか見てみます。加法定理と (14) から となり、ここから となりますが、 及び は の上で正値なので が得られます。同様にして となりますが、 を (18) に代入すると という、 に関する二次方程式が導かれるので、 に注意してこれを解けば が得られ、これと (19) から となる事も分かります。同様にして である事も確認出来ます。他にも 等の具体的な値を確認出来ます。
さて、やはり加法定理から、任意の に対して という関係式を得る事が出来ます。一般に、実数値関数 がある について を満たす時、 を周期関数 (periodic function) と呼び、 を周期 (period) と呼びます。特に、周期の中で正となる値のうち最小のものが存在する時にそれを基本周期 (fundamental period) と言います。上の計算から分かる通り と は周期関数であり、また が基本周期となっている事も加法定理から分かります (各自考えてみて下さい)。よって、これらの関数の 上の挙動が分かってしまえば、後はそれを周期的に繰り返しているだけなので、 全体の上での挙動を掴む事も出来ます。
以上、駆け足となってしまいましたが、高校数学等で良く知られている三角関数の諸性質について、初等幾何学的な考察を通さずに一通り導いてみました。三角関数と言うともう一つ、正接関数 (tangent function) と呼ばれているものが知られていますが、これは通常通り と から定義出来ます。 但し定義域には注意が必要であり、 は において となるために を定義する事が出来ません。よって、 の定義域からはこの集合を除いておく必要があります。また が定義出来るような に対して という等式 (複号同順) を導く事が出来て、これが に関する加法定理となります。ここから となり、 であるので という関係式が得られ、よって は周期 を持つ周期関数となる事が分かります (但し、繰り返しとなりますが定義域は 全体とはなりません)。
は、定義域を に制限すれば連続微分可能な狭義単調増大関数となります。実際、 となり、また である事も確認出来ます。正確には次のようになります。
実は は の上では Taylor 展開可能なのですが、 と同様、やはりその具体的な展開式を得るのは容易ではありません。
一方で、 の単調性から逆関数 の存在が分かりますが、こちらの Taylor 展開は と同様、比較的容易に得る事が出来ます。まず の導関数を計算すると、§13 の定理 2 を使って が得られるので、 の Taylor 展開が得られれば、それを項別積分してやれば良さそうです。§20 の (10) において を に置き換えて得られる の両辺を積分すれば が得られます。
順序が逆になってしまったかもしれませんが、ここで と の逆関数についても見ておきます。これらの周期関数であり単調ではありませんが、それぞれ適切な定義域に制限すれば単調増大になっています。具体的には、 は 上では狭義単調減少であり、 は 上では狭義単調増大になっています。よって各々の逆関数 を与える事が出来ます。まず基本的な関係式として が成り立つ事を見てみましょう。 と置けば明らかに であり、これと (加法定理から容易に示される) を組み合わせると が得られ、ここから (21) が直ちに従います。
また、 と同様に、やはり §13 の定理 2 から を得ますが、ここで となっている点に注意して となる事から となります。同様にして (あるいは (21) を使って) も成り立ちます。
(22) と §20 の (10) を使って、 の Taylor 展開を導く事も出来ます。計算は §20 で扱った の場合とほぼ同じであり、結果は となるので、各自確認してみて下さい。なお や の Taylor 展開も同様に導く事が出来ますが、ここでは省略します。
寄り道: Leibniz の公式と円周率の近似値計算
ここでもう一度、(20) の Taylor 展開を振り返ってみます。この冪級数の収束半径は となるのですが、 とした時の (20) の右辺の級数の中身を良く見ると §17 の命題 2 の条件を満たしています。よって (20) の右辺は の時に収束しており、すると、 §20 の「寄り道」で紹介した Abel の連続性定理を適用する事が出来て、 が成立します8。ここで なので であり、よって という関係式が得られます。これは Leibniz の公式と呼ばれるものであり、この級数の部分和を計算する事で円周率の近似値を得る事が出来ます9。§17 で導いた交代級数 と比較すると興味深く感じられるかもしれません。
なお、 の値は となる事が広く知られていますが、実際に、部分和 を計算していくと、下図のように段々と (23) の値に近付いていく様子が見て取れます。
円周率 の近似値の計算には長い歴史があり、幾何学的手法や解析学的手法等様々な方法が提案されてきました。 の近似値を求める、という応用乗の観点からすると、実は上の の への収束はあまり速くない事が知られており、現代ではより収束の速い近似手法が使われています (勿論、だからといって Leibniz の公式には価値が無いというわけでは全くありません)。(20) を利用するのだとしても、実は という収束半径ギリギリのところの級数を使うよりも、例えば として とした方がずっと収束が速くなります10。実際に と を比較してみると以下の図のようになり、 は の段階で早くも に十分近付いている様子が見て取れます11。
現代では更に効率的に の近似値を求められる方法も発見されると共に、コンピューターの計算速度・精度も大きく向上している事もあり、 の値は既に 30 兆桁以上も正確に計算されているようです。尤も、 は無理数 (更には超越数12) である事が知られているため、何桁計算しようと終わりは無く、永遠にチャレンジが続いていくのですが…
寄り道: 無限回微分可能性と Taylor 展開の可能性
これまで見て来たように、冪級数として定義された三角関数 や 等の関数はいずれも無限回微分可能でした。逆に、無限回微分可能な関数 ( は を含む適当な区間) は、Taylor の定理によって という形で表す事が出来て、もし剰余項 が の下で に収束するのならば、 の Taylor 展開 が得られる、即ち を冪級数の形で表せるのでした。
Taylor の定理から Taylor 展開に辿り着くためには、まず「剰余項がそもそも何らかの値に収束している」という必要があり、更に「その極限値は である」という条件が無ければなりません。そして、実際に「無限回微分可能だが Taylor 展開は不可能である」という例は存在します。
例えば、次で定義される関数 を考えてみます。 が において無限回微分可能である事はほぼ自明と思いますが、実は原点においても、この関数の任意の階数の微分係数が である事が確認出来て、さらにその値は常に である事が分かります。例として一階微分を考えてみると、 に対して となりますが、§20 の補題 1 の証明と同じ議論により となる事に注意すれば、( の場合も合わせて) が得られるので です。同様に となります。よって に対して Taylor の定理を適用して (24) のように表せるのですが、困った事に の係数が常に となってしまいます。 よって は と常に等しく、剰余項が に寄らないのだから の下で に収束している、と言えます13。この場合、 であるのに は原点を中心とした Taylor が不可能です。これは「剰余項が に収束する (言い換えると冪級数部分が収束する) のに、冪級数が元の関数 と一致しない」という例ですが、他にも「そもそも剰余項が収束しない (冪級数部分が収束半径 となり、 における自明な場合以外に意味を持たない)」という例も存在する事が知られています。
所与の定義域の上で Taylor 展開可能な関数の事を解析関数 (analytic function) と呼び、 上の解析関数全体をしばしば と表します。以上の事から分かる通り、 は正しい関係式ですが は成立しません。解析関数は、無限回微分可能な関数のうち特に性質の良い関数であり、その数は -級関数よりも少ない、という事になります。
一方、複素数の範囲で関数を考えた時には「無限回 (複素) 微分可能な関数」と「Taylor 展開可能な関数」のクラスは一致します。それどころか、複素数の世界では「(複素) 微分可能な関数は何回でも (複素) 微分可能」という定理が成立しており、微分可能即ち解析的という事になります14。尤も、これは言い換えると「複素関数の意味での微分可能性は実数値関数の微分可能性よりもずっと厳しい」という事を意味しているのですが。
まとめ
これまで扱ってきた Taylor 展開や冪級数に関する理論を用いて、指数関数の再構成を行うと共に、三角関数を冪級数として与え、その諸性質を調べてきました。このように定義する事で、初等幾何学的な議論を持ち出す事無く三角関数を厳密に扱う事が出来ますが、一方でこれでは逆に「三角関数とは直観的に何を意味するものか」があまりはっきりしないかもしれません。
三角関数とは、直角三角形の辺の長さの比や円周上の点の位置と角度の関係等によって特徴付けられるものであり、これらは所謂平面図形のお話なので、解析学的な立場から扱うためには 次元 Euclid 空間を考えたり複素平面を導入したりする必要があります。一次元の (実数を実数に写す) 関数のみを扱っている現段階では三角関数の直観的な意味合いを表現するのが難しいのですが、しかし三角関数が使えると計算の幅が大きく広がり、また Leibniz の公式のような興味深い様々な公式を得る事も出来ます。次回は三角関数を使って得られるいくつかの有名な公式を紹介したいと思います。
- この命題は §20 の脚注 6 と関連しており、これを使う事によって、収束半径が同じであるような冪級数同士の和や積を再び冪級数として扱って良い事が分かります。↩
- と は共に冪級数であるので、冪級数表示の一意性を使いたいところではあるのですが、そうすると という二変数の冪級数を考える事となってしまい、これまでに扱ってきた範囲を逸脱してしまいます。ここでは単に、 と を固定して (定数だと思って) 級数の積に関する公式 (命題 1) を適用する、と考えた方が簡単です。↩
- §18 では指数関数の Taylor 展開に を代入する事で を示していましたが、今の我々は「 が Napier 数 の 乗である」という事を知らない (そもそも実数 について 乗とはどういう操作なのかが明らかになっていない) ので、Napier 数の定義に戻って別の方法を考えなければなりません。そのためには (4) を直接示すのが最も素直な方法です。↩
- である事は の定義とは別に §4 の命題 3 の証明から分かります。↩
- イプシロン・デルタ論法で における連続性の定義を書き下して、 とすれば良いでしょう。↩
- 英語では通常 Pi (パイ) とそのまま呼んでしまいます。↩
- §15 の命題 3 及びその系では開区間上の狭義単調性についてしか扱っていませんでしたが、微分積分法の基本定理を用いれば、端点も含めた閉区間上での狭義単調性を示す事も出来ます (各自考えてみて下さい)。↩
- Abel の連続性定理を用いなくとも、今の場合は初等的な方法で正当化する事も出来ます。というのも、 として両辺を積分すれば が得られますが、右辺第二項が の下で に収束する事が簡単に確認出来るので、そうすると右辺第一項も収束する事が分かり、そこから が導かれます。↩
- Leibniz によって示されたためにこう呼ばれていますが、歴史的には既にその 300 年程前に Mādhava が発見していたと言われており、そのために Mādhava–Leibniz 級数と呼ばれる事もあります。↩
- は まで計算してもまだ二桁程度の精度しか無いのに対して、 は の段階で早くも 11 桁の精度を有しています。↩
- 一説には、Mādhava はこの を使って の近似値を計算していたとも言われています。↩
- 有理係数を持つ代数方程式 (多項式 の形で表される方程式) の解として決して表せない数の事を超越数と呼びます。 や は超越数である事が知られています。↩
- なお は常に成立しているので、剰余項 は確かに Taylor の定理の主張を満たしています。↩
- 複素関数として微分可能な関数を正則関数 (holomorphic function) と呼びます。本文で述べた通り、複素関数については、それが正則関数である事と (複素) 解析関数である事は同値です。↩
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