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§22 円周率 に纏わるいくつかの公式
前回 §21 までの内容で、実数値関数の計算を行う上での数学的な道具が大分揃ってきました。今回はそれらを使った応用として、§21 で紹介した Leibniz の公式のような、円周率と関わりのあるいくつかの有名な公式を紹介します。
Wallis 積分
に対して、Wallis 積分と呼ばれる次の定積分 を考えます。例えば の時は明らかに であり、また の時は となります。 の時の値を調べるために、 と思って部分積分公式を使ってみます。 ここで §21 の (14), つまり を使うと が得られるので、これを整理して という関係式を得る事が出来ます。これと (1) から が得られ、また (2) と (3) から が得られます。このように、 の値は が偶数の時と奇数の時それぞれについて、(3) の漸化式によって帰納的に決まっていきます。
の値を一般に書き下すために以下の記号を導入します1。 但し、 のように、 を満たす が無い場合には と定めておきます。すると は以下のように与えられます。
数列 を図示すると以下のようになります。
(5) を見ると、 は が偶数の時だけ がかかっているので、 が奇数の時と比べて少しだけ値が大きくなるように感じてしまうかもしれませんが、実際には上の図の通り は の偶奇に寄らず単調減少 (非増大) 列となっています。と言っても、これは 上で が 以上 以下である事からすぐに分かる事実であり、一般に なので、両辺を 上で積分すれば が従います。
の漸近挙動、つまり を十分大きくした時に の値がどのように動くのかを調べてみましょう。 の単調性から 及び が得られるので、これらを合わせて となり、 とすれば、挟み撃ちの原理から 即ち が得られます。再び の単調性に注意すれば、結局 として良い事もすぐ分かるでしょう (各自考えてみて下さい)。(7) を Wallis の公式 と呼びます。
Wallis の公式には様々な応用がある事が知られています。まず (7) を使うと、次の Gauss 積分 を計算する事が出来ます。(8) の左辺は有界区間上の積分となっておらず、 上全体における積分の形をしています。このような積分を広義積分 (improper integral) と呼ぶのですが、その定義については今後紹介する事にして、(8) の証明も今はしません。なお (8) によれば、正値関数 を で (広義) 積分すると値が になる事が分かります。この関数は確率論において標準正規分布 (standard normal distribution) の確率密度関数 (probability density function) と呼ばれるものです。(8) の積分は確率論のみならず様々な分野で重要な意味を持っています。
次に Wallis の公式の変形版をいくつか見ておきたいと思います。(7) から となるので、これを変形して が得られます。また逆数を取ると となります。(10) や (11) もまた Wallis の公式と呼ばれています。
(10) は、 が十分大きい時に以下の近似式 が成立している事を意味しています。試しに の時に計算してみると、左辺はおよそ となり右辺はおよそ となります。(12) の左辺は「 個の球から、その半分の 個を無作為に選ぶ時の組み合わせの数」を表しており、 が十分大きい時にはその値が右辺のような (階乗等の記号を含まない、 を に置き換えても意味を持つ) 値で近似出来る、という事を (12) は示しています。
(12) は単に「左辺と右辺は近い値となる」という、数学的にはあまり厳密でない数式ですが、これをより厳密に述べるために次の記号を導入します。
定義. 数列 が を満たす時、 と表す2。
この記号を用いると、(10) は と変形する事が出来、これは (12) とは違って数学的にきちんとした意味のある関係式となります。
もう一つ、Wallis の公式から得られる関係式 を紹介しておきます (この式自身もまた Wallis の公式と呼ばれています)。左辺は級数の定義と同様に「 に関する部分積からなる数列 の における極限」を意味しています。(13) は、まず と変形しておいて (10) を使ってやれば得られます。
(13) は、三角関数に関する次の無限乗積展開 の特別な場合 ( としたもの) に相当しています。残念ながら今の段階で (14) を証明するのは困難なのですが、複素関数論等を用いる事により、(14) が広義一様収束の意味で成立する事が示されます。
Stirling の公式
Wallis の公式のもう一つの応用として、以下の関係式の導出を行います。 これは Stiring の公式と呼ばれる関係式であり、 が十分大きい時の の大きさに対する評価式です。ご存知の通り、階乗 は を大きくすると爆発的に大きな値となっていき、その速度は よりも遅く、 よりも速いです3。では の増大速度はどの程度であるのかを (15) は示しており、「 を で割ったものに を掛けた程度」であるようです。なお、(15) から Napier 数 に関する公式 が導かれる事を付言しておきます (各自考えてみて下さい)。
また、階乗とは自然数の積として定義されるものであり、(15) の右辺は を (非負の) 実数 に拡張する事が出来るのに対して左辺はそうではありません。Stirling の公式を使うと、解析学的には少し扱いにくい という量を、指数関数等の扱いやすい対象に漸近的に置き換える事が出来ます。
(15) を示すには、数列 が の下で に収束する事を示せば良いでしょう。 は少々複雑な形をしているので、まずはこれの対数を取った を考えてみます。すると となっている事が分かります。ところで、関数 は 上で凸関数となっているので、Jensen の不等式 (§16 の定理 6) を使って4 が得られ、これを書き直すと となります。よって 及び は単調非増大であり、また明らかに は下に有界なので は収束列となり、極限値 を持つ事が分かります。
次に、(10) の左辺 (の の中) における階乗の部分を全て 達に置き換えてみます。 ここで としたいのですが、今はまだ となっているかどうか分からないので、安易に極限を取る事が出来ません。そこで再び の挙動について調べてみる事にします。
やはり の凸性に着目して、今度は §16 の定理 4 を使うと となるので、これを 上で積分して、更に部分積分公式を適用すると 即ち が得られ、ここから が成り立つ事が分かります。よって となるので、ここから 及び が得られました。
以上の事から が正当化されます。一方、上式の左辺は (11) の通り の下で に収束するので、結局 即ち である事が分かり、(15) が示されました。
Stirling の公式を用いて、 (但し ) 及び がいずれも十分大きい時に二項係数 がどのように近似されるかを考えてみます。これは、Wallis の公式のバージョンの一つである (10) (及び (12)) の一般化に相当します。厳密には「 と をどのような関係の下で大きくするのか」を考えなければなりませんが、今はあまり気にしないで大雑把に として計算してみる事にします。そうすると、(15) を使って が得られます。但し としました。
上の計算を発展させて、「コインを 回投げた時に表が 回出る確率」を表す二項分布 (binomial distribution) という確率分布の漸近的な性質を導く事が出来ます。そして、そこから確率論におけるある古典的な大定理を導く事が出来るのですが、それについてはまた別の機会に紹介したいと思います。
Euler の公式と Viète の公式
§21 で、円周率 (の定数倍) に収束するような級数を表す Leibniz の公式を紹介しました。ここではまた別の発想に基づいて、無限積の形で に収束するような公式を導出したいと思います。
まず に対して を考えます。加法定理 (あるいは倍角の公式) から が得られますが、右辺について更に加法定理を用いて となります。以下帰納的に繰り返して、任意の に対して を得ます。これを少し整理すると となり、 とすれば が得られます ( を使っています)。この関係式を Euler の公式と呼びます5。
ここで、(17) 及び (18) において としてみます。(18) の左辺は となりますが、右辺についてはどうなるでしょうか。
まず はすぐに分かります。同様にして、やはり加法定理 (あるいは半角の公式) から となり、ここから が得られます。これを繰り返して を示す事が出来ます。但し は で定められる正数列です。実際、 という数学的帰納法の仮定の下で となります。
(17) の分母と分子をひっくり返して とすれば が得られ、ここで として という関係式が得られます。これは Viète の公式として知られている、円周率 の無限乗積表示を与える恒等式です。
ところで、今 によって を定義すると6 及び という関係式が得られます。これらを使うと となる事が分かるので、これと (19) から という公式も得られます。どちらも、 と平方根 (と 乗) だけからなる式の極限によって円周率が導出される、という面白い構造の公式となっています。
円周率に収束するような面白い構造を持った公式は他にも様々なものが知られており、ここでは証明まで出来ないのですが、例えば連分数展開 も興味深く感じられるものと思います。
Basel 問題
§17 に登場した Basel 問題 について考えてみます。これが有限値に収束している事自体は既に示しましたが、その値を求めるまでには至っていませんでした。
Basel 問題は Euler によって初めて解かれたと言われており、その際に使われたのが (14) の無限乗積を使った方法です。ここでは概要の説明のみに留めますが、(14) の右辺を冪級数の形に整理する (そのために式を展開する) 事を考えます。すると といった具合に、 の部分は各 について と展開された項が集まったものとなっています。これと (13) の左辺の Taylor 展開 (我々の立場では の定義式) の の項と比較して となり、これを変形して が得られます。
上の方法は (14) を認めた上で、更に「無限乗積を冪級数の形に変形する」という操作が必要であり、数学的に正当化する事は現時点では困難です。ここではより初等的な方法として、§21 で導いた の Taylor 展開と Wallis 積分を使って Basel 問題を解いてみます。なお、この方法もまた Euler によって (上記の方法より後になってから) 考案されたものです。
の Taylor 展開は、二重階乗の記号を使うと (脚注 1 も参照して下さい) と表す事が出来て、(5) から とも表せる事に注意します。そこで、 を代入して について 上で両辺を積分すると、左辺は となり、右辺は となります。項別積分を使っていますが、無限和と積分の順序交換をして良い事は Abel の連続性定理 (§20 の定理 3) と §19 の定理 1 から保証されます7。すると、既に計算を見た通り であるので、これを上に代入して である事が分かりました8。
ここで、 が絶対収束している事から足し合わせの順序を自由に交換しても良い点に注意して、 を奇数パートと偶数パートに分けてみます。 まず、上で計算した通り、奇数パートの級数は に一致します。一方、偶数パートについては であるので、 となり、( にも注意して) これを解けば である事が示されます。これで Basel 問題が解けました。
Basel 問題の解法には他にも様々なやり方が知られており、三角関数の積分を用いた初等的な方法が他にもあるのですが、その多くは Fourier 級数展開の理論を背景としています。証明はしませんが、実は 上の (-級程度に) 滑らかな偶関数 について が一様収束の意味で成り立ちます (右辺を の Fourier 級数と呼びます)。但し です。そこで、 とすれば、部分積分公式等から が得られ、(20) に代入して更に として となるので、整理して を得ます。
Basel 問題は以下で定義される Riemann のゼータ関数 の特別な場合 ( の時) になっています910。ゼータ関数は が正の偶数の時には正確な値が分かっており、Basel 問題と同様にして、多項式関数に対して Fourier 級数展開を行えば計算が出来ますが、そのいずれにおいても の冪乗が現れる事が知られています。
まとめ
今まで扱ってきた理論の応用として、今回は具体的な問題をいくつか紹介しました。テーマとして、特に円周率 が関係するようなものを集めてみましたが、円周率に関連する興味深い公式は他にもまだまだあります。例えば、虚数単位 を使った次の Euler の等式 は、数学的に大変美しい定理として良く知られています11。
円周率 の歴史は大変古く、またその重要性からも に関する研究は様々な方面から深められており、多くの性質が明らかになっています。一方で、 の最も基本的な性質は「直径 の円の周り (円周) の長さ」であり「半径 の円の面積」でしょう。しかし、§21 でも触れたように、我々は初等幾何学的な考察を持ち出さずに三角関数や を導入したために、逆にこれらの基本的な事実が明らかとはなっておらず、まず「円周の長さ」や「円の面積」の定義を解析学的に与える必要があります。それらを述べるためにはまだもう少し準備が必要であり、いずれ多変数の微分積分まで進んでから改めて振り返ってみたいと思います。
- (4) は二重階乗 (double factorial) と呼ばれるもので、以前も §20 の中で、記号は使いませんでしたが同じものが出て来ていました。この記号を使うと、 の Taylor 展開の導出の途中で現れた一般化二項係数は次のように表せます。 また §20 における計算から が成り立ちます。同様に です。↩
- この時、 と は の下で「漸近的に等しい」と呼ばれます。「オーダーが等しい」と言う事もありますが、こちらは少しだけ異なる意味で使われる事もある表現です。↩
- つまり です。↩
- §16 の定理 6 の主張において としています。↩
- Euler の公式というと、 を虚数単位として がとりわけ有名であり、通常はこちらを指す場合の方が多いかもしれません。Euler は様々な分野において数多くの業績を残しているため、「Euler の公式」と呼べるものは他にも多数存在するでしょう。↩
- を実数列として定義するためにはまず を示しておく必要がありますが、それは の定義からほぼ明らかでしょう。↩
- 細かい事を言えば、今は を三角関数 に置き換えているので、冪級数に関する項別積分定理 (§20 の定理 1 の系) をそのまま適用する事は出来ないのですが、極限の順序交換の本質は収束の (広義) 一様性である点に違いはありません。↩
- を で打ち消しているところは二度手間なのですが、二重階乗の記号によって見た目が煩雑にならないよう、ここでは を使って書きました。↩
- 変数を でなく としていますが、これは慣習によるものであり、 と表しても構いません。勿論、今まで と表記していた変数を全て にしても問題ありません。なお一般には を実数に制限せず複素数として が定義されます。↩
- の時に が級数として収束している事は、§17 で の時に示したのと同じ方法で証明出来ます。↩
- 脚注 5 の式において としたものです。↩
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