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§24 関数の積分 III
今回は、これまで §14 や §16 で触れられなかった Riemann 積分に関する残りのトピックを扱います。まず、§16 で示した部分積分と対になる置換積分を紹介します。また、Riemann 積分のある意味での一般化を行い、「非有界区間上の積分」や「非有界関数の積分」についても考えてみます。
置換積分
本論に入る前に、§23 で紹介した次の微分方程式 をもう一度考えます。今回は Leibniz の記法を用いて、 として上を と書き換えてみます。左辺の は普通の分数ではなく「 を で微分したもの」を表す記号ですが、ここで無理矢理 を切り離して以下のように「移行」してみます。 更に両辺を形式的に で割って として、両辺に積分記号を付けると となります。これ自体は (導出過程はともかくとして) 不定積分の関係式として一応意味のある式であるように見えます。両辺の不定積分をそれぞれ計算すると、 を何らかの定数 (所謂積分定数) として となります。すると、 が得られるので、両辺の指数を取り として が導かれました。 の初期条件がある場合はそれに合わせて を決定します。
上の方法は、変数分離形の微分方程式 を具体的に解く (より正確には解を見つける) ための手順として知られているものです。(2) の場合も として を ( が という値を取るかどうか等の細かい事も気にせずに) 無理矢理変形してやれば となり、 や の原始関数が求められるならば、得られた式を について解いてやる事で、(2) の解を発見する事が (うまくいけば) 出来ます。
勿論、上の計算は発見的な方法に過ぎず、数学的に厳密な議論にはなっていません。しかし、上の方法で の具体形を導く事ができれば、それが実際に微分方程式の解を与えています。何故このような形式的な計算で正しい答えに辿り着けるのかというと、その背景には合成関数の微分公式あるいは連鎖律 (§13 の定理 1) から導かれる置換積分 (integration by substitution) または変数変換 (change of variables) が隠れています。
を適当な区間として、関数 及び を考えます。ここで、 は の値域 を含むとします。また を の原始関数とすると、合成関数 について以下の公式が成り立つのでした。 として、両辺を 上で (または 上で) 積分すると となりますが、微分積分学の基本定理から左辺は と一致します。(4) の右辺に対して、今度は「 の原始関数 の、 と における値の差」と見て微分積分学の基本定理を使うと となっています。(3), (4), (5) をまとめて次を得ます。
命題 1. (置換積分公式) を区間とし、 が を満たしているとする。この時、任意の に対して次が成立する。
(6) の右辺について、再び Leibniz の記法を用いて と見て書き換えてやると となり、 を「 分の 」という分数だと思って をキャンセルすると となって、これを という変数に関する積分だと思うと (6) の左辺に一致します。積分を行う区間の端点についても、 の時にそれぞれ と対応しており、(6) はまさしく「関係式 を通して、積分を行う変数を から に (あるいは から に) 変換する公式」として直観的に分かりやすい形をしています。
再び (2) に戻り、 という前提の下で、両辺を で割ってから両辺の積分を考えてみます (Riemann 積分可能性も適宜仮定します)。簡単のため定義域を 全体として、初期条件 も合わせて考える事にしましょう。すると、任意の に対して となり、(6) を使うと左辺は と書けます。もし がそれぞれ原始関数 を持つならば、これらから ( を に書き直して) が得られるので、これを についてうまく解ければ微分方程式の解が得られる、というのが上の発見的な方法の数学的な裏付けとなっています。
置換積分を使うと、具体的に計算が出来る積分の幅が広がります。例えば、 に対して定積分 を考えてみます。実は、この被積分関数の原始関数が である事は既に §21 で示されているのですが、ここではそれを忘れてしまっていたという前提で計算をしてみます。三角関数に関する以下の関係式 (この等式は重要なので忘れていない事にしましょう) より、 ならば 及び が成り立つ事を考えると、 をうまく処理するためには を か のいずれかに置き換えるのが良さそうです。ここでは として置換積分をしてみます。(6) とは と の役割が逆になってしまいますが、 の時にそれぞれ となっている事に注意して と計算出来ました。
同様に、 に対して を考えてみます。関数 の原始関数の形は簡単 (あるいは有名) でないので、今度は ( 等の初等関数の原始関数を覚えていたとしても) きちんと計算をする必要があるでしょう。やはり変数変換 によって、上と同様にして が得られました1。なお、この式において を代入すると値は となりますが、これは「半径 の円のうち を切り取った弧の長さ」に対応しています。
次の積分計算は練習問題とします。 が含まれる積分には三角関数を使いましたが、 の場合には双曲線関数を使って同様に計算するのが良さそうです。その他、 を使った置換積分で計算する事も出来ます。
ところで、§22 に登場した Wallis 積分 について、実は の部分を に置き換えても値は全く変わりません。この事は §22 の時と同じような帰納的な計算からも分かりますが、置換積分を使うと、 として となる事からも示されます2。
ここで、前回やり残した指数関数の性質として、§23 の「指数関数の構成 III」で行ったのとは逆に「指数法則を満たす連続関数は微分方程式 (1) の解として特徴付けられる」という命題を示してみます。正確には以下のようになります。
命題 2. 次を満たす実数値関数 は 上で -級となり、更に微分方程式 (1) を満たす。
証明. まず §9 における議論から は常に正値となり、特に が成り立つ。また任意の を取り固定した時、 は 上の連続関数ゆえ任意の有界閉区間上で Riemann 積分可能であり、更に (7) から が成立している。一方、 として命題 1 を使うと であり3、また の連続性と微分積分学の基本定理によると (10) の最右辺は に関する -級関数となっている。更に ゆえ である事に注意すると、(9), (10) から、 もまた -級である事が分かる。
さて、(7) から 及び に対して が得られるので、 とすれば ( の微分可能性が分かっているので) となる4。後は を示せば良い。
指数法則 (7) から は狭義単調増大となる事が分かる5。よって は常に正値となり、更に は の近くで逆関数 を持つ。すると、§23 における議論と同様にして が得られる。 は狭義単調なので、ここから 即ち を得る。
補足として、条件 (8) を仮定しない場合にも、 の連続性と (7) だけから (12) の関係式を示す事は出来ます。(8) を仮定しないと、 は または のどちらかの値を取る事になりますが、後者の場合には はやはり正値関数となるので上の証明と同様の議論が可能であり、前者の場合には となるので、(12) は「常に値が となる」という意味で成立しています。
但し、 の連続性 (あるいは積分可能性) の仮定は本質的なものである事に注意しなければなりません。§23 の脚注 8 でも触れている通り、(7) と (8) を満たす関数は、連続なものに限れば一意となりますが、不連続なものは他にも存在し得ます。(9) や (10) の計算は、 が連続でありそのために積分可能であったからこそ可能な計算なのであって、指数法則 (7) だけから の微分可能性が導かれたわけではありません。
広義積分 I
上で示した について、左辺の被積分関数は で実数値として定義出来ないため、左辺において とする事は出来ません。しかし、右辺は においても意味のある実数値となっており、特に という極限を取れば という値に収束しています。つまり です。但し、左辺の極限は の上のみで考えており、 より大きい は考慮していません。これは §20 の脚注 9 で登場した左極限を意味しています。今まではあまり意識せずに通常の極限の記号を使っていたのですが、今後は「どういう意味で極限を取っているのか」を明確にするために、上式の左辺が左極限である事を という記号で表す事にします。イプシロン・デルタ論法で書くと以下のようになります。 (13) の左辺は 上の積分ではなく、あくまで「 上の積分をして という極限を取ったもの」に過ぎないのですが、これをあたかも 上の積分であるかのように と書いてしまいます。このような Riemann 積分の極限値を広義積分 (improper integral) と呼びます6。
同様に、今度は として である事から を得ます。左辺の は右極限を表す記号であり、イプシロン・デルタ論法を使うと となります。これを と表し、やはり広義積分と呼びます。
(14), (15) が成り立つのであれば、更に と書いてしまいたくなります。このように、積分区間の両端とも通常の Riemann 積分の意味で定義出来ていないような場合には、区間内部の適当な一点 (上の例では ) を取って積分区間を左側と右側に分け、それぞれの広義積分が存在する時に、それらの和を改めて広義積分と呼ぶ事にします。つまり、 上の実数値関数 が に含まれる任意の有界閉区間の上で Riemann 積分可能である時、適当な を取って と の両方が収束している時に と定義します。ここで、(18) の値は を別の値にしても変化しない事に注意しましょう。実際、 を別の に取り替えたとしても (16) と (17) の広義積分可能性に変化は生じませんし (何故でしょうか?)、また となるので、 を に変えても値は変わりません7。
但し注意として、 等と安易に考えてはいけません。もし「 は 上で広義積分可能 (つまり、(16) と (17) が共に有限値に収束している)」という事が分かっているのであれば (19) のように計算しても良い ( (18) と同じ値になる) のですが、関数によっては、 (19) の右辺は収束しているにも関わらず、(18) の右辺は の不定形のようになってしまう場合があり得ます。例えば、 は で連続となる関数であり となっていますが、 は共に発散しているために、(18) の意味での広義積分は定義出来ません。(20) は「両端への極限の取り方をうまく取れば都合の良い値に収束させられる」という事を意味しているまでであって、(19) のような「両端への特別な近付け方」のみを考える場合にはこれを広義積分とは呼びません8。
以上の議論を踏まえて、有界区間上の広義積分の定義をまとめておきます。
定義. を有界な区間とし、 を に含まれる任意の閉区間上で Riemann 積分可能な関数とする。
- である時、以下の極限 が存在するならば、それを と表す。
- である時、以下の極限 が存在するならば、それを (21) と表す。
- である時、適当な に対して以下の二つの極限 が存在する時、(21) を (18) によって定義する。
上記のいずれの場合についても、 は 上で広義積分可能であると言う。
広義積分とは Riemann 積分の極限値なので、積分の線形性等の性質は通常の Riemann 積分と同様に従いますし (脚注 7 にある通り、区間加法性に至っては既に使ってしまいました)、部分積分、置換積分等も使う事が出来ます。上の定義の 1, 2, 3 全ての場合についてそれらの性質の全てに証明を与えるのは冗長となるので控えますが、例えば として9 が 上で広義積分可能である場合の部分積分を見てやると、 を の原始関数として、通常の部分積分公式から が得られるので、もし右辺の第 1 項が の下で収束しているならば、第 3 項も収束して が成立します。
もう一つ、微分積分学の基本定理 II (§15 の定理 2) の広義積分バージョンを見てみます。 として とする時、任意の に対して §15 の定理 2 から が得られます。ここで としたいのですが、 は の時に定義されていない (有限値に収束するかどうかも分からない) ので出来ません。そこで、 を一つ固定しておいて、(22) において として とすれば、 の における (左) 連続性から が得られます。全く同様にして となるので、これらを足し合わせれば が得られます。(14) や (15) の広義積分がまさしくこの状況になっており、 とした時、 は において発散してしまい定義されていないのですが、 自身は においても連続となっているので、広義積分に対する微分積分学の基本定理から が成立する、という言い方も出来ます。
しかし、積分の性質の中には慎重に考えなければならないものもあります。関数列 がある実数値関数 に 上で一様収束する時、 も 上で連続となり が成り立つ事を §19 の命題 1 及び定理 1 で見ました。Riemann 積分とは極限操作によって与えられるものなので、上は「 に関する極限」と「積分に関する極限」の順序を交換して良い事を意味します。しかし、もし が 上の連続関数列として与えられており、(23) の左辺を広義積分の意味で解釈するならば、これは を意味しているので、(23) が広義積分でも成立するかどうかを考えるとすると、更に と の順序交換も考えないといけなくなります。とは言え今の場合、 が 上で に一様収束しているならば、§19 において定理 1 を示したのと同じ方法で (23) が示せるので結果的には問題ありません。定義域が や の場合も同様です。但し、後で紹介する非有界区間上の広義積分に対しては (23) のような性質は一般に成り立ちません。
微分積分学の基本定理 I (§14 の定理 3) も同じく「通常の Riemann 積分に対する定理を使ってから極限を取る」という方法では示せません。例えば、 とする時に において という極限を取ろうとすると、微分と極限の順序交換をしなければならなくなってしまいます。しかし、§14 の定理 3 の証明に従って同じ計算をすれば、 における極限の問題に触れる事無く に辿り着く事が出来ます (各自考えてみて下さい)。こちらに関しては、非有界区間上の広義積分に対しても問題無く成立する事が分かります。
もう一つの注意点として積分可能性があります。 を有界閉区間とする時、 上で定義された関数 について、「 が 上で Riemann 積分可能ならば もまた Riemann 積分可能」という性質がありました (§14 の命題 4 の系)。しかし、広義積分についてはこの関係が逆となります。正確には以下のようになります。
命題 3. を有界な区間とし、 を に含まれる任意の閉区間上で Riemann 積分可能な関数とする。この時、 が 上で広義積分可能ならば も 上で広義積分可能。
証明. の場合についてのみ示す。 に単調に収束する数列 を取る。 なる を任意に取ると、 は 上で Riemann 積分可能なので もまた同じ区間の上で Riemann 積分可能であり、更に が成り立つ (§16 の命題 4)。 は 上で広義積分可能なので、上式で とすれば、数列 が Cauchy 列である事が示される。よってこれは収束列でもあり、 とした時に有限の極限値を持つ。その収束先が の取り方によらない事も、上と同様に積分の三角不等式を使って示される10。
この証明は、§17 で「絶対収束する級数は収束する」という性質を示した時の議論に似ています。そこで、広義積分においても「被積分関数の絶対値が広義積分可能である」時に絶対収束すると呼ぶ事にします。それと対比させる意味で、 が 上で広義積分可能である時に「 の 上の広義積分は収束する」等と呼びます。
一方、通常の Riemann 積分と違って「 が広義積分可能ならば も広義積分可能」とはならず、よって「広義積分の収束」と「広義積分の絶対収束」は同値ではありません。例えば広義積分 は収束しますが絶対収束はしません (その理由は後で説明します)。このような、収束するものの絶対収束しない広義積分を「条件収束する広義積分」等と呼びます。
広義積分 II
§17 において、Basel 問題として知られる (正項) 級数 が有限値に収束している事を、不等式 を用いて示しました。§17 では、右辺の積分を具体的に解いてから としましたが、上式のまま を無限大に飛ばせば という関係式が得られそうです。このようにして、今度は非有界な区間における広義積分を、やはり「有界閉区間上の Riemann 積分の極限」として定義します。
定義. を非有界な区間とし、 を に含まれる任意の閉区間上で Riemann 積分可能な関数とする。
- である時、以下の極限 が存在するならば、それを と表す。
- である時、以下の極限 が存在するならば、それを と表す。
- である時、適当な に対して が存在するならば、これらの和を と表す。
上記のいずれの場合についても、 は 上で広義積分可能であると言う。
定義の 3 について、ある に対して (25) が成り立つならば、 を別の値に取り替える事も可能である点等、基本的な注意事項は有界区間上の広義積分と変わりません。同様に 等としてはいけない事は、例えば としてみれば容易に想像が付くでしょう (右辺の積分は常に となりますが、だからといって左辺を と定義するのが自然とも思えません)。
例として、 に対して という広義積分が出来るかどうかを考えてみます。そのために、まず任意の に対して を考えてみると、 の時は である事から となり、 の時にこれは無限大に発散し、 の時には に収束します。また の時は です。以上の事から となる事が分かりました。
非有界区間上の広義積分についても、やはり部分積分、置換積分や微分積分学の基本定理等を考える事が出来ます。ここでは例として次の広義積分の計算をしてみます。 まず適当な を取って、部分積分の公式を繰り返し使って となるので、整理すると が得られます。ここで なので、(27) の広義積分は収束して (言い換えると は 上で広義積分可能であり) である事が分かりました。上の計算をいきなり のようにまとめて行ってしまっても良いのですが、その際、計算の途中で現れる各項は極限として与えられている事、またその各々は実際に収束している事に注意しながら進める必要があります。
既に一言注意したように、有界区間上の (広義) 積分とは異なり、非有界区間上の広義積分を考える際には (23) のような「極限と積分の順序交換」は一般には出来ません。§19 の定理 1 の証明通りに示そうとしてもうまくいかない理由は「積分を考える区間の長さが有限でないから」に他なりません。ここでは、極限と積分の順序交換に関する次の汎用的な定理を証明無しに紹介するのに留めます11。
定理 1. を任意の区間として と表す。 が以下を満たすとする。
- 任意の に対して が成り立つ。
- は 上で広義積分可能。
- は 上で に各点収束する。
この時、(23) が (広義積分の意味で) 成立する。
これまで「関数が非有界」「積分区間が非有界」という二通りの場合の広義積分を定義しましたが、それらを組み合わせた以下のようなパターンの広義積分も考えられます。
定義. を非有界な開区間とし、 を に含まれる任意の閉区間上で Riemann 積分可能な関数とする。
- である時、適当な に対して が存在する時 と表す。
- である時、適当な に対して が存在する時 と表す。
この定義を使えば、所与の に対して、 上で定義される連続関数 に対する次の広義積分 を考えられるかもしれません。分点として を取ると、 上の広義積分は (26) で既に見た通り、 の時に限り収束していました。そこで今度は 上の広義積分を考えてみると、同様の計算から となり、(26) と (29) を合わせると、残念ながら (28) は がどんな値であろうと常に収束しない ( に発散する) 事が分かります。
なお、定理 1 の主張では が有限値である場合も である場合も容認しており、更に が それぞれを含んでいてもいなくても構わない書き方になっています。実際、定理 1 はこれまで紹介してきた全てのパターンの広義積分に対して (あるいは通常の Riemann 積分に対して) 適用可能である事を注意しておきます。
最後に、以下の広義積分 について考えてみます。被積分関数は 上でのみ定義されている連続関数であるため、これは のような二つの広義積分の和として定義されるものであると解釈出来ます。しかし、被積分関数は とする時に有限値 に収束しているので、(31) の第一項は実質的に通常の Riemann 積分と同じものであり、収束はほぼ自明です (後で補遺として説明します)。一方、第二項について見てみると、まず として となりますが、 の周期性から であり、いずれの場合もこの積分値は になります。よって となり、右辺は とした時に無限大に発散するので、左辺もまた発散します。これは、(31) の第二項の広義積分が絶対収束しない事を意味しています。
(31) の第二項が条件収束しているかどうかを調べるために次の命題を準備します。
命題 4. とし、 及び が次の仮定を満たすとする。
- は について単調非増大であり を満たす。
- は 上で有界な原始関数を持つ。
この時、 は 上で広義積分可能である。
証明. 以上の自然数 に対して と定める。また を、ある に対して を満たす の原始関数とすると、部分積分公式より が得られる。よって となるが、仮定から は 以下の値を取るので、微分積分学の基本定理と合わせて が成り立つ。以上を合わせて となり、 とすれば右辺は に収束する事が分かる。よって は Cauchy 列となるので が存在する。更に、上と同様にして が任意の に対して得られるので、 と順番に極限を取れば が得られる12。
命題 4 を として適用すれば、(31) の第二項が収束している (よって条件収束である) 事が分かります。よって、(30) の広義積分もまた条件収束しています。(30) は Dirichlet 積分と呼ばれる広義積分であり、その値は となる事が知られています。 を求めるための様々な計算方法が知られているのですが、そのいずれもそう簡単ではありません。以下では「寄り道」として、定理 1 を使った「広義積分と微分の順序交換」に基づいた方法を紹介したいと思います。
その前に「広義積分 I」でやり残した (24) の収束性について見ておきます。変数変換 を使うと となるので、 の極限を考えると、(24) の収束は (31) の第二項のそれと一致する、すなわち (24) は条件収束する事が分かりました。
寄り道: Dirichlet 積分の計算
定理 1 を使って、(30) の値を具体的に求めてみます。まず に対して と定義します。 の時に上の広義積分が (条件) 収束している事は既に示しており、また の時には広義積分の絶対収束性を によって示す事が出来ます。よって は 上の実数値関数として well-defined です。
さて、 に対して の微分を考えてみます。そのためには、 として の とした時の極限を調べてやれば良いでしょう。そのためには更に、 を に収束する実数列として、次で定義される の収束を調べてやれば良いです13。
まず、任意の に対して が成り立ちます。更に、以前示した関係式 をうまく使って、 とした時に が任意の 及び に対して成り立つ事を確認出来ます14。 の時に広義積分 が収束している事は容易に分かるでしょう。よって、定理 1 を使って が成立する事が分かります。右辺の広義積分は (27) と同様に部分積分を使って計算する事が出来て となります ((27) の復習とし確認してみて下さい)。以上の事から である事が示されました。ここから である事も分かります。
の における (右) 連続性も調べておきましょう。そのために を次のように分解します。 但し としました。各 について を次のように書き換えます。 任意の 及び に対して、 は非負であり、特に なので、(32) の右辺が実は各 を与える毎に正項級数となっている事が分かります。更に、計算が煩雑になるので詳細は割愛しますが、 が に関して単調非増大になっている事も確認出来ます15。よって が得られるので、§19 の命題 1 から の原点における (右) 連続性が従います16。以上により、 である事が分かりました。
準備に時間がかかりましたが、これで に対して広義積分バージョンの微分積分学の基本定理を適用出来ます17。任意の に対して となり、これを書き換えて を得ます。定理 1 等により、 とすれば右辺は に収束するので18、これで の証明が完了しました。
Dirichlet 積分 (30) の計算方法には、他にもいくつか良く知られた方法があるのですが、現時点ではそれらを紹介する事は出来ません (それどころか、上の方法でも定理 1 を証明無しに使ってしまっています)。多変数関数の微分積分まで進められれば、上とはまた別の計算方法を紹介出来、その際には更に Dirichlet 積分の (広義積分としての) 収束の速さを のように評価する事も出来るようになります。
なお、 の下で Dirichlet 積分に収束するような、以下の (不定) 積分を正弦積分 (sine integral) と呼びます。 正弦積分のグラフ を -平面上にプロットすると以下のようになります19。(33) の通り、 のグラフに挟まれながら、徐々に に近付いていく様子が見て取れます。
まとめ
Riemann 積分の性質として、これまで触れる機会を逃していた置換積分 (変数変換) を紹介すると共に、Riemann 積分のある意味での一般化である広義積分を導入しました。
有界区間上の有界関数に対する通常の Riemann 積分と同様、広義積分に対しても、線形性や区間加法性、積分の三角不等式や部分積分、置換積分等、調べなければならない性質が数多くありますが、広義積分自体にも様々なバリエーションがあり、キリが無くなってしまうため、今回はいくつかの性質についてのみ言及するのに留めました。
広義積分について掘り下げきっていないもう一つの理由として、絶対収束するような広義積分はそのまま測度論における Lebesgue 積分に一般化される、というものがあります。広義積分だけでなく通常の Riemann 積分に関しても、積分可能な関数はその積分値を変える事なくやはり Lebesgue 積分に一般化されます。広義積分に関する様々な性質は、測度論において (Riemann 積分可能でない、あるいは広義積分可能でない場合も含めた) より一般の関数に対して示される事となるので、今の段階では、広義積分の性質は必要になった時に都度「通常の Riemann 積分の極限」として考えれば十分でしょう20。但し例外として、(30) のような絶対収束しない広義積分は、測度論では「Lebesuge 積分不可能」とみなされます。つまり、「絶対収束する広義積分 (及び通常の Riemann 積分)」は全て Lebesgue 積分に一般化されるのですが、「条件収束する広義積分」は測度論の中では扱う事が出来ません。
広義積分を使って、新たに実数値関数を構成する事も出来ます。多項式関数や指数関数・対数関数、三角関数等の初等関数を使って具体的に表す事の出来ない関数を特殊関数 (special function) と呼びますが (正弦積分 もその一つです)、その中でも基本的なものをいくつか、今後紹介したいと思います。
補遺: 有界区間上の有界関数に対する広義積分
(31) の第一項 について、この被積分関数は とした時に有限値に収束しているので通常の Riemann 積分と同じになる、と本文で説明しました。しかしながら、(34) の被積分関数 はあくまで の時に定義されているものであって、§23 に登場した関数 とは厳密には異なるものです。「通常の Riemann 積分と同じ」という解釈は、(34) の広義積分を という Riemann 積分と同じものであるとみなせる、という事を意味しています21。
ここでは念のため、このような有界区間上の (端点で値が定義されていないが) 有界関数に対する広義積分が通常の Riemann 積分に帰着される事を確認しておきます。
命題 5. とし、 を なる連続関数とする22。この時、 は 上で広義積分可能であり、その値は に対する Riemann 積分 と一致する。ここで とした。
証明. の不定積分をそれぞれ以下のように定義する。 この時明らかに が任意の に対して成り立ち、また は において左連続なので23、 の極限を取って 即ち を得る (左辺は広義積分、右辺は通常の Riemann 積分)。
命題 5 は、 や の場合の広義積分に対しても同様に成り立ちます。また (35) の仮定はもう少し弱める事が出来ますが、ここではこれ以上は踏み込まずに「広義積分は、被積分関数の端点での値を補って通常の Riemann 積分に帰着させられる場合にはそのようにして良い」という理解までに留めておきます。
- 三角関数に関する基本的な公式をいくつも使っていますが、これらはいずれも加法定理を元にして導かれるものであり、これまでにも何度か同様の計算が登場していますので、ここでは一つ一つの解説をするのは控えます。↩
- 命題 1 に対応させて書いていますが、直観的に言えば つまり の時に となるので という事です。なお、置換積分を使わなくとも、この程度の変数変換ならば Riemann 積分の定義に戻って示すのもそこまで大変ではありません。↩
- (10) の最後の行でも同様の置換積分を使いました。このような、積分区間を平行移動させるだけの置換積分は、定義通りに書いているとかえって記号が複雑になってしまうので、以下では特に断り無く使用します。↩
- (7) の両辺を ( を一旦定数だと思って) について微分してから を代入するのでも構いません。↩
- 例えば §9, §10 と同様にして、まず に対して となる事が (8) と背理法を使う等の方法により示せて、そこから正の有理数 に対して となる事が (7) から示され、 の連続性を使って を得ます。(7) をもう一度使えば、ここから の狭義単調性が示されます。↩
- 異常積分とも呼ばれます。筆者が大学一年生の時の講義では異常積分と習いました。↩
- 広義積分の区間加法性を証明せずに使ってしまっていますが、これは 等としてすぐに分かります。↩
- しかしながら、(19) のような極限の取り方に意味が無いという事ではなく、このような極限はしばしば Cauchy の主値と呼ばれ、確率論や Fourier 解析、超関数論等で特別な役割を担う場面があります。↩
- §15 の脚注 1 と同様に、 とは「 を含む開区間の上で は -級である」という意味とします。よって、 は定義されていますが は存在するとは限りません。 についても同様に考えます。↩
- 少し証明を端折っていますが、行間を埋めてみて下さい。一つ注意しておくと、関数の極限を数列の極限に置き換えて議論する際には「その点に収束するようなあらゆる数列」を考えなければなりませんが、今は に対する左極限を考えているので、単調非減少な (あるいは狭義単調増大な) 数列のみを考えれば十分です。§9 で与えた、§8 の命題 1 の証明とほぼ同様に (少しだけ工夫して) 示せるので、この点についても考えてみて下さい。↩
- これは、測度論における Lebesgue の (優) 収束定理 (dominated convergence theorem) と呼ばれる重要な定理を Riemann 積分の場合に言い換えたものに相当します。↩
- 本質的には、一般の実数値関数 に対する次の性質 を について示しているのと同じです。これは、「Cauchy 列は収束列である」という実数空間の完備性を使って、部分列を使った議論を用いて示す事が出来ます。命題 3 の証明でも本質的に同じ事をしています。↩
- 固定された に対して に収束する数列 を考えるので、最初から が常に成り立つと考えて問題ありません。気になる場合は、 となるような を見つけてから添え字を取り直して定理 1 を適用するのでも良いです。↩
- 他、指数関数の Taylor 展開を使って同様の (あるいはより精緻な) 評価を与える事も出来ます。↩
- 一つの方法として、 の に関する微分係数は、 である限り 以下となる事を確認出来ます。↩
- の計算と同様に、定理 1 を使って極限と積分の順序交換をしたいところですが、定理 1 の仮定を良く見ると分かる通り、この定理が使える場合には自然と が成り立つ事になるので、この定理は の広義積分が絶対収束している場合にしか適用する事が出来ません。 は条件収束する広義積分として与えられているため、もう少し慎重に計算をする必要があります。(30) 自体は条件収束しかしていませんが、しかし各 について 上で積分した値 (つまり ) は正値となっているので、 に対しては積分の三角不等式を使わずに (積分の中に絶対値を入れずに) (32) のような関数項級数と見てやる限りは扱いやすい (特に、級数として絶対収束している) ものになっています。↩
- となるので、通常の Riemann 積分と見てもそれ程問題が無いかもしれませんが、 の微分可能性は 上でしか示していないので、ここでは念のため広義積分とみなしています。↩
- 脚注 16 の状況と異なり、 を大きくする分には定理 1 の適用において特段の問題が生じません。定理 1 の に相当する関数をどのように作れば良いか、考えてみて下さい。↩
- 描画には Python の Scipy ライブラリで実装されている
scipy.special.sici
を使用しました。↩ - §12 や §13 では、確率論の参考書として原 啓介先生のテキスト『測度・確率・ルベーグ積分』を紹介しました。確率論において、(適当な数学的仮定の下で) 確率変数の期待値 (平均値) が定義されるのですが、実数値関数に対する Lebesgue 積分もそれと同様の方法で導入されます。Riemann 積分と Lebesgue 積分の関係についても同書の中で議論されています。↩
- 分かりやすさのために としていますが、実際には の値は有限値であれば何でも構いません。↩
- の連続性に関する仮定は本当はいらないのですが、今は簡単のため連続である場合のみを考えています。↩
- 以下の計算から容易に示されます。 ↩
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